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将文は、文台に頬杖を付き、庭の景色を観ながら去年のあの夜の事を思い出し、物思いに耽っていた。
…あの姫に近付きたい…
そう思い立ち、螺鈿(らでん)の文箱を取り出し桜色の和紙に、すらすらも文字を書き始めた。
暫くすると、女房を呼ぶ。
『すまないが、この文を左大臣の佐伯様の姫君に渡してきてくれないかい?』
女房に手渡しながら言う。
『畏まりました…桜姫様ですね。』
くすっと笑い文を受け取った。
『何が可笑しいのだい?』
将文は、溜息を付き苦笑いをしながら女房に聞く。
『旦那様も、姫君様が気になっている御様子でしたので。』
袖元を口にあて、またくすくすと笑った。
『いいから…早く持って行ってくれ。』
少々恥ずかしくなり、赤くなった顔を隠しながら言う。
『はい、畏まりました。』
女房は笑みしながら、下がった。
また軽く溜息を付くと、庭の景色を眺める。
ウグイスが梅の枝で羽根休みをしながら、可愛らしい鳴き声で
鳴いている。
ウグイスを見つめながら、彼の人を思い出していた。
私は一体どうしてしまったのだ
胸がちくりと刺す痛み…。
梅の枝で羽根を休めていたウグイスは、くちばしで羽根を整えていると、もう一羽のウグイスが飛んで来て、軽く鳴くと共に飛び去っていった。
あの文で…私の心の想いが、少しでも届いてくれればよいのだが…。
飛び去っていった二羽のウグイスの去った方向を見つめながら…思っていた。
~少しでも…届いて欲しい~
~ 我が胸の内 ~
※螺鈿(らでん)夜光貝や鮑の貝殻を形にして、漆を塗った地に埋め込んだ漆器・箱等に使われていた。
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