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爽やかな風がそよぐ午後。
佐伯邸の姫、雅は琴の稽古をしていた。
琴の繊細な音が屋敷中を優しく響き渡っている。
暫く琴を演奏していると…廊下から衣擦れの音が部屋に近付いてくる。
部屋の前で、衣擦れの音が止まり声が聞こえた。
『雅様…雅楽師天野 将文邸の女房殿から、雅様に文をと参られました。客間でお待ちになっております。』
女房が、部屋を開けず雅に伝える。
『解りました。ただ今そちらに向かいます。』
雅は、静かに答えた。
ゆっくりと座から立ち上がると、歩き戸を開け待たせている客間に向かった。
女房は、一礼をし雅の後を歩く。
客間に向かうと、将文の遣いで歳は40後半位のしっかりとした女房が座って、雅に一礼をする。
『お待たせ致しました。雅楽師の天野様の御仕えの女房との事、本日は如何致しましたか?』
雅は、優しく微笑むと近くに座った。
『初めまして、天野将文の仕え女房の早紀と申します。お忙しい中申し訳ありません。我が主人から文を預かり、本日参らせて頂きました。』
女房の早紀は、申し訳なさそうに頭を下げる。
『お気になさらずに…文を預からせて頂きます。頭をお上げ下さい。』
にこりと笑みし、早紀の肩に優しく白い手を乗せた。
『有難うございます。』
早紀は顔をゆっくり上げ、雅に頼まれた文を渡し、雅の顔を見た。
…なんて、お優しいお顔…まだ幼さは残っているけど…しっかりした方。
早紀は、心の中で思った。
『文のお返事は、すぐの方が宜しいですか?』
文を手に持ち、早紀に聞いた。
『はい、出来ましたら…。』
また頭を下げ答えた。
『解りました。少しお時間を下さい。香苗…早紀さんに、お茶を用意して差し上げて下さい。』
雅は、仕えの女房香苗に言うと…
“暫く、自室に下がらせて頂きます。暫くお待ち下さい”
と告げると、ゆっくり立ち上がり客間を後にした。
~ 自室 ~
雅は自室に戻ると、文台の座に座り文を開けた。
文は、優しい桜色の和紙で施されている。
文を丁寧に開けると……
“君の笛 胸うち届く 我が心
月夜が待てぬ 焦りし心”
【君の笛が、胸うち私の心に届くよ。月夜が待ち切れなくて、心が焦ってしまうよ。】
雅は、将文の和歌を詠むと顔を赤くした。
~どういたしましょう…~
初めて…心をうつ和歌…。
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