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“君の笛 胸うち届く 我が心
月夜が待てぬ 焦りし心”
雅は、どうしたらいいか解らず…文を手にしたまま少し、時が止まった様に身体が動かなかった。
他の方から、文は頂いたが…
皆、私(わたくし)の容姿ばかり…私の容姿だけを見ているのだと、落胆した事もある。
でもこの方の文は…違っていた。
他の方の様に、“容姿”ではなく…まず私の笛の音を和歌にしてくれた…初めて。
天野様は…一度お見掛けした事がある。昨年の夜桜の宴…雅楽師の方だった。凛とした面持ち…“音”を大切にする、雅楽師では有名な方…。噂では数多(あまた)の女人方が、恋い焦がれているが…皆恋敗れたと、耳にしている。
私はどうしたらよいのか…。
頭を回転しても解らず、つい頼みの綱を自室に呼ぶ事にした。
衣擦れが部屋の前で止まり…
『御呼びでしょうか…?ちぃ様』
部屋に来たのは、佐伯邸の女房の長 小夜(さよ)だ。
50前半で、昔からこの佐伯邸を守り、母を幼少で亡くした雅の母代わりの女房だ。
小さく生まれたからと昔から、名ではなく“ちぃ様”と呼ぶ。
『どう致しましたか?ちぃ様』
にこりと母の様に優しく微笑みながら言う。
雅は、昔から小夜が大好きだ。母の面影を重ねる。母の匂いがする小夜が、とても好きだ。
『小夜…私、初めてこの様な文を頂いたの。』
雅は、少し恥ずかしながら文を小夜に渡す。
雅は、あの月夜の事…昨年の宴の話を軽くした。
小夜は、話を聞き終えると受け取った文を開け詠み始める。
“まぁ…”と小さく声を上げると、小夜はまた優しく話始めた。
『ちぃ様…この方は、心が綺麗なお方にお見受けします。ちぃ様はどう思われますか?』
小夜は、恥ずかしそうに目を少し潤ませた雅の髪を撫でながら、問い掛ける。
『初めてで…どうしたらいいか…』
少しか細く言の葉にする
小夜は、くすりと笑うと髪を撫でながら…こう言った。
~ちぃ様…これが、“初恋”と言うものです。“初恋”とは、突然訪れ…胸をちくりと少し痛める物…ちぃ様は、少し“大人”になられたのです。~
“初恋”とは…誰もが経験する…“大人”へ向かう出来事。
私の胸の内をさす痛みは…貴方様からの和歌の様に…心に響き…私を捕らえる…。
“淡い…初恋の痛み”
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