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“あの初恋の胸の痛み…雅は…永久に忘れません…”
雅は意を決して、文箱から和紙を取り…返事を書き始めた。
雅は、さらりと書き終えると小夜と共に客間で待つ早紀の元へと向かった。
『お待たせ致しました…これを将文様へお渡し下さい。』
雅は、にこりと笑みすると早紀に文を渡した。
『有難うございます。それでは…おいとま致します。』
早紀は去っていった。
~天野 邸~
将文は、いつになくそわそわしていた。
“文を詠まれただろうか…”
“嫌な思いはしていないだろうか…”
等と頭の中で言の葉が、ぐるぐると駆け回る。
その時、早紀が部屋へと来た。
『旦那様…お待たせ致しました。お渡しして参りました。』
早紀の声に、びくりと身体を震わせ振り向き早紀を見る。
『あ…有難う。すまないね。』いつになくそわそわする将文を見て、くすくす可笑しそうに早紀は笑った。
『旦那様が、旦那様ではない様に見えますわ。』
早紀は、口を手元で隠し笑い続ける。
『わ、笑わなくてもよいだろう。』
バツが悪くなり顔を背ける。
『旦那様…文を預かってまいりました。』早紀は、優しくくすりと笑うと、将文に文を差し出す。
将文は、はっとなり早紀から文を奪う様に取ると、また背を向けた。
それがまた可笑しいのか、また笑ってこう付け足した。
『噂以上の姫様でした。とてもお優しい…。旦那様、泣かせてはいけませんよ。』
そう付け足すと、部屋を下がった。
将文は、手元の文を少し眺め…考えた。“お断りだったら…”今まで、数多の女人が騒いでいた凛々しい将文ではなく、少々弱気な将文になっていた。
『私とした事が…さて、読むとしよう。』
かさりと文を開け…詠み始める。
“笛の音の 淡き初恋 我が想ひ
幼き心 今蕾咲く”
『笛の音が私の淡い初恋に…幼い心が今蕾咲いた様…※①』
将文は…和歌に心を奪われてしまった。
少し昔…自分も感じた淡い初恋を…今しているのだと…。
それから、暫くお互い“文”で会話をする様になった…。
私は今でも想っている…
あの時の桜姫を…。君の笑顔や君の笛の音は…とこしえに…
“ 忘れはしない… ”
※①:至らない作者の和歌ですので、本物とはやや異なります。
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