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“あの夜の事は…忘れません。わたくしの全てを変えてくれたあの夜…夢なら覚めないで…と神に祈る日々です。”
やがて、清々しい朝を迎える。
桜花の木々で羽根を休めた雀(すずめ)が、チチッと可愛らしい鳴き声を発し、クチバシで羽根を毛繕(けづくろ)い、もう一羽の雀が周りで飛び回りながら、ピピッと鳴くと毛繕いを止め、共に飛び去っていった。
雅は、ゆっくりと…覚醒する。まだ視界がはっきりしないのか、軽く目を擦り半身を起こした
。
“夢だったのだろうか…”
昨夜の出来事が、夢だと思った雅は、昨夜着た着物を置いた
打乱筥(うちみだればこ)へ駆け寄り、単衣を手にした。
単衣からは…将文の着物に染み込んだ微かな白檀の香がした。
“夢ではなかった”
そう感じた雅は、単衣を胸に抱きしめ思いに浸った。
その時、部屋の外で女房の声がした。
『雅様、おはようございます。起きていらっしゃいますか?』
問いに雅は、“はい”と答える。
『雅様宛に、文が届けられました。』
雅は、ハッと“解りました。着替えが済次第読みます。”と答えた。
雅は、昨日着た単衣を打乱筥(うちみだればこ)に綺麗に畳み戻し、衣架(いか)に掛けられた着物に着替える為、文を持ってきた女房を呼び着替えを始めた。
渡された文を見つめ、文を開ける。
文には、綺麗な桜花の花が付いた枝が一緒に入っていた。
雅は嬉しそうな笑みを浮かべ、文に目を通す。
“春の夜の 夢と思ひて 衣みる 桜の香り 心に宿る”
お互い…夢ではないかと思っていたと感じ、雅は優しく微笑む。
同じ事を思い、同じ動作をしたのだと…少しの可笑しさと嬉しさで…くすりと笑った。
“早く…また貴方様に会いたい”
その気持ちがどんどん…日に日に強くなる事を、雅は感じる。
少し胸が苦しくて…早く時が過ぎないかと…願ってやまない。
『父様に…話をしなければ…』
雅は思い、父の居る自室に向かった。
反対なさったら…どうしましょう…不安と期待が入り交じる。
でも…反対されても、貴方様と共に有りたい…。
“君と同じ思いをしていると知り、私は凄く嬉しかったのだよ…。君と離れていても…同じ思いで過ごせる。寂しさも辛さもあるが…幸福だと…”
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