~ 迫る足音 ~

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“…どうして…どうして 桜姫様は、他の男と逢瀬をしているのだ…僕は…こんなにも…桜姫様を愛しているのに……” 雅は、蔵から戻ると自室に戻り壷装束(つぼしょうぞく)と虫垂衣(むしのたれぎぬ)を纏い、女房の絹を連れ徒歩であの桜の丘へと向かった。 絹は、何度も“牛車を…”と言ったが、歩きたいと告げ外へと出掛けた。 外は市で賑わい、春の食材や反物や春花が売られて、春を感じられる。 男童(おのわらわ)は、笑いながら楽しげに走り回り、京の都を楽しませている。 雅は、その風景を見て柔らかく笑うと丘に向かいまた歩き始めた。 丘は、相変わらず桜花が満開だ。桜花の香りや花々の香りが丘一面に拡がっている様で、甘い香を放ち雅の心を癒す様だ。 桜花の幹に腰をかけて、京の都を眺める。 風景は、変わらず美しくて…雅は、目を細め風景を楽しむ。 女房は、不思議そうに雅に“どうしたのですか?”と聞いた。 『婚儀をする前に、見ておきたかったのです…この風景を。』 雅は、振り返り女房に笑いながら答えるとまた風景を見た。 “わたくしの変わるこの日を、一日大切にしたいから…”と心の中で、呟いた。 ひとしきり風景を楽しんだ雅は、屋敷に戻る事にした。 屋敷に戻る道を、女房と二人で歩いていると…女房はふと気付いた。 “誰かに…つけられている” 女房は、雅の数歩後ろを歩き始める。 その態度に少しおかしいと感じた雅は、絹に小さく声を掛けた。 『絹も…気付いたのですね。』 絹は、言葉にハッとし雅を怖がらせぬ様に… 『ちぃ様をお守り致します。』 と言った。 雅は、背後から静かに…少しずつだが…確実に迫る恐怖を感じ、身体が震える。 じわり…じわり…押し寄せる恐怖が二人を襲う。 少し、歩調を早め屋敷に向かう。 背後から迫る歩調も早まり、地面の砂を踏み締める音が大きくなって来た。 ざっざっざっ……砂を踏み締め双方に近づく…。 雅は、自分の為に後ろに下がった絹に手を差し延べた。 『ちぃ様…』 絹は、驚いたがその手を取り共に走る。 着物で走りにくい足を、ほつれながら…。 ざっ…ざっ…ざっ……………… 息切らしながら……迫る……… “ 恐怖 ” ※壷装束(つぼしょうぞく):平安時代女人が外に外出する時に着る服装。 ※虫垂衣(むしのたれぎぬ):平安時代女人が外出する時に、被る布付きの被る傘の様な物。 顔を隠せ虫よけにもなる。
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