~ 大木の思ひ出 ~

2/2

149人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
雅は、牛車に乗りお付きの女房と屋敷に就く武士を連れ、よく都を愛でられる、あの大きな桜花の大木へ赴く。 あの大木は、雅にとって大切な…沢山の思い出が詰まった、大切な場所だった。 雅は、大木の根に用意された布に腰を下ろし、軽く双方の眼(まなこ)を閉じ…思いに耽る。 若くしてこの世を去った、母親皐月に小さな手を引かれ、この桜花の大木へ来ては、花摘みをしたり和歌を詠んだりと…大切な時を過ごしていた。 『母様、母様…どうして、桜はこんなに綺麗なんでしょう?』 『それはね…とても綺麗な女人の気を吸って、こんなに綺麗なのですよ。』 皐月は、くすりと笑みし雅の頭を撫でる。 『まぁ…美しい女性の…?』雅は、目を見開き母を見て言う。 『言い伝えですよ』母は、また綺麗な笑みを零し、幼い雅を腕に抱いた。 『貴女の、大人になった姿を…見るのが楽しみだわ…』 母は、愛おしそうに雅を抱き…瞳を閉じた…目頭からは、うっすらと涙を零した。 その何ヶ月後に…母の皐月は、この世を去っていった。 早過ぎる…母の死に、雅は嘆き悲しんだ。 『母様…母様…お目を開けて…わたくしを見て…母様…』 母の眠る御帳台(みちょうだい)に寄り添い、小さな腕で母を抱く様に泣き崩れた…。 その姿を、父は痛々しく悲しげに傍らで見つめるだけしか出来なかった。 『母様…母様…』 雅…五つの頃の話だ。 雅は、ゆっくりと眼(まなこ)を開けた。 目頭から涙が零れる。 『…母様…』小さく呟き、細長(※ほせなが)に手を忍ばせ、母の形見の神楽笛を出し、吹き始める。 やや低い笛の音が…丘全体に広がる様に…風に乗り流れていく。  ~ 天に居る母に届く様 ~ ※細長(ほそなが) 平安時代に貴族の女性が用いる上着の事。
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!

149人が本棚に入れています
本棚に追加