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“ 赤月の 不敵な姿 見上げれば不安宿りし 我が胸つまる ”
将文は屋敷に戻り、湯浴みをした後露顕(ところあらわし)の為に女房に用意された正装に着替える。
将文の着付けの手伝いをしている女房は、ふいに外を見た。
外は昼間より風が強く吹き…桜花を舞散らしていた。
その上には…ようやく夜を迎えようとして、天に現れた満月…
でもその月は…血の様な赤き月。
『今宵は風が強うございますね。花散らしの風ですかね?それにしても…』
と言いかけた時、将文が口を出した。
『赤き月だね…。妖しい光りを放っておる…。』
帯紐をきゅっと絞めながら、そう言った。
『嫌な赤でございます…とても今宵良き日に出る月ではございませぬ…。』
不安そうに言いながら、将文の着物を整えてゆく。
その言葉を聞いた将文はまた、月を見上げた。
鮮血の様な満月…何を語るのだ…?
私に…私達に…何を訴えているのだ…?
この胸騒ぎは…一体何なのだ…。
心配そうに見上げている将文を見て、しまったと思い女房が
『若様、申し訳ありません。私が変な事を言ったばかりに…』
と頭を下げた。将文は女房を見て
『大丈夫だよ。私も先程から胸騒ぎがしてね…。でも大丈夫だよ。気にしないでくれ。』
と、優しく笑い心配させない様に女房に言った。
それにしても…胸騒ぎは止まない。
息が少し苦しくなる様な感覚が、将文を襲う。
今宵…何もなく…終われば良いと…将文は切に願う。
あの月夜に惹かれあった二人…今宵、露顕を迎え三日夜の餅(みかのもちい)を二人で食し…晴れて夫婦(めおと)になる…。
心の底から求めあった二人は…今宵永遠(とわ)の愛を手に入れる。
でも……何故なのだろう…。
胸騒ぎがする…。
ざわざわ…ざわざわ…と外に吹き荒れる花散らしの風の様に…
何事もない様……
父上…どうか 見守って下さい。
将文は…赤月を目にした後、ゆっくりと瞳を閉じて、祈った。
“ 君と…私は 幸福になりたいのだ…。災い等に…君を傷付けさせる訳にはいかない…。君は……永遠に私がお守りする ”
※三日夜の餅(みかのもちい):結婚式3日目の夜に、新郎新婦がお祝いに食べるお餅。女性は3つ食べる、男性は決まっていないらしい。
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