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気付けば、淡いベージュの木でできた何かに突っ伏していた。如月ロミはとっさに顔を上げる。すると少し離れた目の前にあったのは、ステンレス製と思しき銀色の壁だった。
ついさっき、歩行者用信号が青の道路を渡っていたロミの眼前に迫っていたのは、自動車だったはずだ。色とかなんてろくに見れなかった。あ。車が突如現れたかの様に見えたその瞬間、たったそれだけが頭に浮かんで。
とんでもないスピードだった。あんなのに身体が当てられてしまえば、ひとたまりも無いだろう。ロミは自分の両手を見て、なぜか木製の椅子に座っている身体を見下ろす。
大学の授業のあと、カフェのアルバイトを終えて、お家に帰る途中だった。そのとき着ていた服は、冬の入り口ということもあって、長袖のチャコールグレイの前開きパーカーとデニムのフレアスカートだ。
それが汚れも破れもしていない。鏡などを見ていないから分からないが、痛いところも無いのだから、きっと顔にも怪我などは無いのだろう。
なによりも、ここはいったいどこだろう。自分はどうなってしまっているのだろう。
きょろきょろと周りを見ると、どうやらカウンタ席が7席だけの飲食店の様だった。和風で上品でシンプルな佇まい。さっきまでロミが突っ伏していた木製のカウンタテーブルに、白塗りの壁。腰を浮かせて覗き見たカウンタの向こう側にはコンロなどの調理器具が見えるから、そこはきっと厨房だろう。
そして、店内にはロミ以外誰もいなかった。ロミがいるのはカウンタ席のいちばん奥で、カウンタテーブルに沿った通路の向こうには木製の開き戸がある。思い切って開いてみようか。そうしたら何か分かるだろうか。
しかしロミが立ち上がる前に、その開き戸が開かれた。ロミはびくりと肩を震わす。驚いて視線を動かせずにいると、そこに堂々と現れたのはがっちりとした体格の若い男性だった。
コスプレ、だろうか。褐色の肌に、肩に掛かる長さの波打った黒髪。その頭からは短い金色の角の様なものがふたつ見えている。着ているものも紺色の着流しで、鬼の扮装に見えた。
「気付いたか」
男性の口から流れ出て来た声は、ずっしりと低かった。
「あ、はい、あの」
ロミは口を開くが、それ以上の言葉が出てこない。現状がまったく分からないため、何を言ったら良いのか、どうしたら良いのか分からないのだ。
ここはどこですか?
これは間抜けな質問だろうか。よしんばできたとしたら、次には疑問が溢れて来る気がする。
「状況は分かるか」
男性は言う。ロミはふるりと首を振った。
「ま、そりゃそうやな」
男性はどかどかと中に入ってくると、そのまま厨房と思しきスペースに進む。そうしてカウンタ越しにロミの前に立った。
こちら側と厨房の床の高さの違いなどは分からないが、黒い帯が巻かれている腰の位置からして、背の高い人の様だ。ついその迫力に圧倒されてしまう。
「ええと、まず、自分が死にそうなんは分かっとるか?」
ロミは息を飲む。ああ、やはりあれは夢などでは無かったのか。自分は交通事故に遭った。そうか、ここは死後の世界というものなのか。これまでそういうスピリチュアルなものに縁が無かったので、実感はなかなか沸かない。
それよりも若い身空でこの世を去らなければならないことが悔やまれる。ロミは肩を落とした。
「私、死んでしもたんですね……」
そうぽつりと漏らすと、男性の「ちゃう」という声が頭上に降ってきた。
「死にかけとるて言うたやろ。お前さんは死んどらん。ちゅうか、死なせんために魂だけを避難させたんや」
どういうことだ。ロミは顔を上げて目を見張る。男性は冷静なままで、その表情は読めない。肌の色が濃いので分かりづらいというのもあるのかも知れない。
「確か、名前はロミて言うたな」
ロミはこくりと頷く。
「お前さんに死なれたら困るんや。お前さんは生きてるだけで、現世のバランサーになっとるからな」
ロミはますます不可解な気持ちになって、首を傾げた。
「お前さん、自分の出自を知っとるか?」
出自。確か自分の生まれとか出どころとか、そういうことだったはずだ。ロミの家は何の変哲も無いサラリーマン家庭である。そのはずである。特別な何かがあるなんて話は聞いたことが無い。
「うちは普通の一般的な家庭やと思いますけど」
「今はな。ほな聞いてへんか。そりゃそうか。もうそんな時代や無いもんな」
男性は少し面倒そうな気配を漂わせる。だが億劫そうながらも口を開いた。
「お前さんは、陰陽師の末裔なんや」
「……へ?」
ロミは間の抜けた声を出してしまうのだった。

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