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「凄いな。ここの発注数、先月は20、今月10個ですよ」
自転車ヘルメット販売の“N”は、売り上げに喜ぶ半面、少し奇異に感じていた。
自転車ヘルメットの着用は2023年から努力義務となったが、全く普及していない。
制度の公布から2年経った現在、当初はお試しで買った層も、市内で被っている人間の、あまりの少なさを見て、新規購入や追加購入の意欲が沸かないのも理解していた。
その中での追加である。
現地のサイクルショップに出向し、事情を聞きたい。
上司には、新規購買先の開拓と説明し、営業車で向かう。
配送先の住所は、山合いの小さな町…谷沿いの道には、崩れた岩と枯れた花がゴロゴロしている…と思ったら、それは、自転車ヘルメットの残骸…
一つや二つではない。ここで自転車を利用する人全ての数があるのでは?と思うくらいだ。
町内に入ってみて、更に驚いた。車以外の自転車に乗る住民全てが自転車ヘルメットを着用している。
ここまでの普及率に驚くと同時に気づいた事がある。彼等はヘルメットの紐を締めていないと言う点だ。しっかり着用しているとは言い難い住民達のヘルメット利用…一体、これは何だ?
「ああ、それは、仕方ないんすよ」
若いサイクルショップのオーナーは苦笑いし、店頭に供えられたテレビをつけた。
映ったのは、自転車に乗るお年寄り、彼女はNの通った谷沿いを走っている。
不意に、彼女のヘルメットが頭から離れた。
「ここ、ここです」
オーナーが横から口を出し、画面を巻き戻した後、スローに切り替える。
「ほら、おばあちゃんの頭のヘルメット、見えます?何か灰色の手、見えます?それが掴んでいるでしょう。これ、あそこに設置したカメラの映像をもらったモノなんですがね?ここらではよくあるんです」
「一体、これは?」
「一種の妖怪だと、町のお年寄りは言っています。車は大丈夫なんですが、何故か自転車にはね。悪さをするんですよ。この町は、移動手段に自転車が丁度いい所でしたから、困っていた時に、自転車ヘルメットの普及です。つけてみたら、これが持ってかれるだけですんだ。だから、助かってます」
「つけてないと、どうなるんですか?」
「見ませんでした?ヘルメットの横にあった花…昔はよくやられたんです。だから、助かってます。正直に」
背筋が寒くなったNに、オーナーの明るい声が響いた。
「また、追加できます?ヘルメットの?」…(終)

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