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本棚に追加 ヤッコの部屋で過ごすようになって、一週間が過ぎた
洗濯はすっかり、奏汰の仕事になっている
暖の家の2階は、通りに面した西側ではなく、反対側の東側に、半畳ほどの小さなベランダがある
隣接するビルの隙間にあり、日当たりはさほど良くないが、風が通るので、そこに洗濯物を干すようにしてある。
毎朝、奏汰は、帽子を深くかぶり、万が一にも、顔が見えないようにしながら、そこに洗濯物を干している
その時間が、唯一風を感じる時間だ
洗濯物を干し終えて、ビルの間にわずかに見える空を見上げる
今日は、あまり天気が良くない
昼過ぎには、一度取り込んで、部屋干しにした方がいいだろうか
奏汰は、その場所から聞こえる、町の喧騒を静かに感じるのが好きだった。
一人でアパートに住んでいた時は、部屋の前を歩く人の気配が気になって、そっと窓の隙間からうかがっていた、今は、ビルの隙間から通りを行く人の気配を感じるのが、なんだか少し楽しく感じるようになった。
暖や、ヤッコ、よく遊びに来る萩生の気配が傍にあれば、人の生活の気配も愛おしく感じられる……
(不思議だなぁ…… )
奏汰は、ベランダの手すりに寄りかかって、通りを眺めた。
部屋の中から、奏汰を呼ぶ暖の声がして、返事をしながら、空になった洗濯籠をもって、部屋に戻った。
ヤッコの家に居候するようになってから、暖は、店を手伝うようになった
暖が店に居る時間は、人の多い金曜、土曜と、萩生が帰る10時以降だ
平日の7時ごろに、ワンダーホーゲル部のBBQ大会で、暖のアクセサリーを見ていた、あの女性赤井咲月 が、珍しくBar『奴』にやってきた。
「ヤッコ、久しぶり」
そう言って、咲月はカウンターに座った。
「咲月さん、おひとりなんて珍しいですね」
咲月は、活動的な美人で、いつも仲間に囲まれている。
咲月は、ふふふと柔らかく笑って、さらさらと明るい色の髪を耳に掛けた
「スクリュードライバーある? 」
「はい、もちろんです
少々お待ちください」
ヤッコはそう言って、オレンジを冷蔵庫から取り出すと、それを萩生に渡した。
萩生は、ナイフでオレンジの皮をむくと、専用の絞り器に入れて、果汁を絞り出した
萩生にオレンジを任せたヤッコは、大きな氷をグラスに入れ、次にウオッカを注ぐ
萩生から、果汁を受け取ると、それもグラスに注ぎ、ステアする
最後に、オレンジスライスを飾る。
咲月の前に、店の名前の入ったコースターを置くと、出来上がったスクリュードライバーのグラスを置いた
グラスの隣に、ナッツの入った小皿を置く。
「お待たせしました」
「ありがとう」
咲月は、一口、スクリュードライバーを飲むと、ふっと肩から力を抜いた。
「おいしい、ヤッコは、本当にバーテンダーだったんだね」
「はい、疑っていました?
そういえば、咲月さんが、このお店にいらっしゃるのは、初めてですね」
「うん、ちょっと、聞きたいことがあって」
「俺にわかることですか? 」
「ヤッコが分からなきゃ、他の人に聞いても、ダメだと思う
ねぇ、暖がどこにいるか知っている? 」
「暖ですか? 」
「そうなの、暖の店、ずっと閉まっているみたいで……
ヤッコ、何か知っている? 」
「店が、閉まっているんですか? 」
ヤッコは、咲月にそう答えながら、萩生をちらりと見た
萩生は、何も言わずに、倉庫に行くふりをして、住居になっている2階に上がった
暖に、店に顔を出さないように言うためだ。
「実は、今、仕事場に、派遣の若い女の子が来ているんだけど」
咲月は、暖やヤッコより2つ年上で、現在は化粧品会社で働いている
学生時代から、華やかな先輩だった。
「彼女、私のインスタを見ていたみたいなの」
「咲月さんも、インスタをしているんですか? 」
「あら、言わなかった?
そうなの、ヤッコもフォローしてね」
「はい、後で、教えてください」
「Ok!
それでね、この前のBBQの時に、暖の店のネックレスを買ったから、その写真を乗せていたのよ
その子、その写真を見て、自分も欲しいって言いだしたから、暖の店を教えたの
そしたら、暖の店しばらく休みだって、その子が言ってきたの
ネットでも買えるわよって教えたんだけど、どうしても実物を見てから買いたいって言うのよ
だから、暖に相談したいんだけど
わたし、暖の連絡先は知らなくて…… 」
「なるほど」
そう言ってヤッコはスマホを取り出し、咲月のインスタを教えてもらい、その場でフォローした。
「でも、ヤッコも知らないなら、もう、お手上げね」
「ちなみに、その女の子どんな感じの人ですか? 」
「やだ、ヤッコ興味あるの?
ヤッコのお店の宣伝もしておこうか? 」
「そうですね」
ヤッコは、営業スマイルでにっこり笑った。
「でも彼女まだ若いから、Barに一人で来る感じじゃないわね
大学を卒業したてで、就職がうまくいかなかったから、とりあえず派遣会社に居るみたい
箱入り娘のお嬢様って感じ……
暖のアクセサリーに興味を持ったのも、ちょっと意外だったわ」
「そんなに可愛らしいお嬢さんですか、因みにお名前は」
「やだ、ヤッコ、興味深々ね
暖がモテるのは、いまだに嫌なの? 」
「あの頃からずっと、俺の方が、暖よりモテますよ」
「あら、そうだった?
まぁ、秘密がありそうな男の方がモテるわよ
ヤッコは、明るいし、優しいから、安全安心
その周りにいる女の子たちは、ヤッコの事を友達だと思っているわよ」
「え!! 」
ヤッコの驚いた顔を見て、咲月はコロコロと笑った。
「あの頃の暖は、ニホンオオカミみたいだったわよね
山道の途中で、仲間にあったら、森に帰ってしまいそうだった」
咲月は昔を思い出しながら、そんな風に言った。
「ニホンオオカミですか? 」
「そう、わかりやすい不良
金髪、ロン毛、顔に大きな絆創膏
自分からけんかは売らないけど、売られたら買いますよ……
みたいな?
漫画の主人公みたいじゃない?
顔がいいから余計に気になる♡
みたいな?」
「確かに、少女漫画に居そうですよね
雨の日に捨て犬に傘を貸してあげただけで、好感度が爆上がり」
「そう、捨て犬……
BBQの時、暖が連れて来たあの男の子は、きっと、捨て犬でしょ? 」
「…… どうしてですか?
れっきとした、成人男性ですよ」
「女には、わかるのよ」
結局、咲月は、奏汰を『捨て犬』だと言った根拠は教えてくれなかった
結局咲月は、仕事の愚痴などを言いながら、カクテルを3杯飲んで帰っていった。

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