プロローグ

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プロローグ

 貞淑さを表すかのような、精緻(せいち)に織られたレースが首元まで覆う花嫁衣裳に身を包み、祭壇までの道を歩く。  本当なら、ドレスもヴェールも宝石も、まったく違うものを身に着けるはずだった。  そして嫁ぐ相手も──この人ではなかったのに。    祭壇の前に立つ新郎から放たれる威圧感に、アルウェンは身の縮む思いだった。  「偉大なるハイリンデン帝国の若き太陽、サリオン・アグラミア・ハイリンデン皇太子殿下。貴殿はシャトレ侯爵令嬢アルウェンを妻とし、守り、慈しむことを誓いますか」  司祭の問いかけに、新郎から返事はない。  その代わりと言うべきか、新郎から新婦に向けられたのは、凍りつきそうなほど冷たい視線。  この様子から、彼がアルウェンのことをお気に召さなかったのは明白だ。  異様な空気に、列席者がざわつき始める。  「……誓おう」  不服そうに、ひと言だけ。  しかしよく通るその声は、天井の高い聖堂内に静かに響き渡った。  「アルウェン・ド・シャトレ候爵令嬢。本日をもってシャトレ侯爵家の籍より抜け、このハイリンデン帝国の若き太陽、サリオン皇太子殿下の妃となり、生涯を捧げることを誓いますか」  誓えない。誓いたくない。  けれどもう、本当に逃げられないのだ。  「……わたくし、アルウェン・ド・シャトレは、本日をもってシャトレの名を捨て、サリオン皇太子殿下の妃となり、生涯を捧げることを誓います……」  結婚証明書にサインする手が震える。  けれど、先に記された新郎の流れるような美しい筆跡からは、動揺などといったものは一切感じられなかった。  「ここに、ふたりが夫婦となったことを認めます」  司祭の宣誓に、聖堂内の列席者から歓声が上がる。  振り返ると、親族席に座る家族が見えた。  満面の笑顔で拍手を送る父母と妹。  そして妹の隣には、アルウェンが結婚するはずだった初恋の人が立っていた。  (ユラン様……!)  悲しくて切なくて、胸が握りつぶされるようだった。    「過去はすべて捨てるよう言ったはずだが」    歓声に交じり、頭上から聞こえた声に思わず顔を上げると、肉食獣のように獰猛な金色の瞳と目が合った。    「申し訳ありません。少し感傷的になっただけです」  「どうでもいい。俺は人の手垢がついたものに興味はないのでな」  愛する人を奪われ、新たに愛を育む未来も残されていない。  ──私はここで、どうやって生きていくのだろう  アルウェンは、新郎新婦のために撒かれたフラワーシャワーの花びらを、まるで他人事のように眺めていた。

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