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大きな真っ黒な雨雲が空一杯に広がって、今にも雨が降りそうだ。
旅行代理店勤務の葉山アイは、上司から「まだ葉山君は独身だから!」…と、同じ系列の会社への出向を命じられた。
既婚者の多い部署内では当たり前の光景だ。
「…今時、独身だからって。ハラスメントだっての、あんの狸親父。(上司)」
大きな溜め息を付きながら乗ってきたフェリーのタラップを降りた。
出向先は大きな海原みえる、ザ・田舎だった。
昔ながらの漁師町で、フェリー乗り場には他にもたくさんの漁船が港に停泊している。
最近は観光地化が進んでいるため周辺は美しい景観で有名なホテルや、ペンション、民宿なども多く建ち並んでいた。
「葉山さーん!お迎えに来ました!」
フェリー乗り場にはこれから一緒に働く事務の女の子が迎えにきてくれていた。
「遠かったですよねー!こっちは都会と違って、新幹線とか電車は近くを通ってなくて…」
「いえ、そんな…迎えありがとうございます。」
本当に。まさかここまで遠いとは。
観光は程ほどにアパートまで送ってもらった後、疲れがピークに達した為、そのまま倒れる様にソファーに横になった。
数日前に届いてた山積みの段ボールを横目に、大きく息を吐いた。
今日は無理だー…明日片付けよ。
側にあったスマホから通知の音楽が鳴った。
「…ん。なんかメール来てる、タツヤからかな?」
タツヤは6年付き合ってる彼氏だ。
同僚の誘いで行った飲み会で意気投合し、晴れて年内に結婚式も予定もしている。
私とタツヤの両親にも挨拶を済ませ、式場も抑えた…
お互い出張の多い仕事柄、スレ違いの生活だったがもうすぐ一緒に暮らせる事に希望を持ち、これまで頑張ってきた。
タツヤの出張が落ち着いたら、あの狸親父(上司)に辞表を叩きつけてやる。
今回の出張は観光地のツアープランの企画担当を任された。
企画が完成するまでの3ヶ月間はここに滞在予定だ。
「ふふ、タツヤってば心配して連絡くれたのかな?」
うとうとする目を擦りながら、メールを開くと
「別れてほしい。子供が出来た。」
そこにはその一文字。
「は?……はぁ!?」
ーーーーーーー
「お客さーん!ここで寝たら風邪引くよー」
「起きてるから!お酒持ってきて!!」
アパートの一階は、地元の人間がよく来る居酒屋があった。
車で送ってもらった時に女の子から、「魚料理が美味しい」と聞いていた。
一人が辛くてフラッと立ちよったら、案の定酒が入ってこのザマだ。
周りの人を困らせたくはなかったけど……
「あのクズ男ッ!!」
…大泣きしながら、オロオロする居酒屋の店主を困らせていた。
突然、店の扉が開いた。
「どした、おじさん?」
「あ、アキちゃん!悪いんだけどさ、このお客さんの話聞いたげてくんない?
今日は母ちゃんに早く帰るって約束しててさ」
店主はその男に鍵を渡し、帰っていった。
カウンターに座っていた私の横に、綺麗に日に焼けた肌の大柄の男が座る。
指の先までよく日に焼けている。
「話なら聞くよ、お姉さん。」
酔いが回り、ぼんやりとしていた意識が完全に吹っ飛んだ。
見上げた先にはハッ息を呑む程のイケメンが座っている。
タツヤはどちらかと言うと、優男っぽい顔つきだったから、全くの反対。切れ長の目の端正な顔立ちに、整った鼻筋。
程好い薄さの唇はいたずらっぽく微笑んでいる。
イケメンにしばらく目を奪われていたが、着ている服が雨でしぼれる程したたっている事に気づいた。
「あぁ、外はかなりの大雨だよ。バケツひっくり返したみたいな勢いでさ。」
男は着ていたTシャツの裾をつかみ、雨水を絞っていた。
「…それって何時くらいから?」
「えーっと。2時間くらい前か…な。」
「それ、…私のせい。」
「え?」
特異体質なのか昔から変な所があった。
私が泣き出すと同時に雨が降る。
それも感情によってスコールから、夕立くらいまで様々な雨だ。
小1の遠足で晴天だったのに、嫌な男子におかずを奪われて川が氾濫するほどの雨を降らし、
マラソン大会を中止にしたくて、前の日から泣いていたら雨で地下鉄は水没。
タツヤにプロポーズされた時にも、感激のどしゃ降りの雨を降らせた。
最近は感情のコントロールも出来てて、安心しきっていた。
…信じてくれないだろうな、親も…。それにタツヤもだったし。
「へぇ、いいね。」
予想外の返答に言葉が出なかった。
「お姉さん、泣き止んできたし外出てみない?」
そう男は私の手をつかみ、店の外に出た。
「すげーな、雨がだいぶ弱くなった!」
男は楽しそうに軒下から出て、雨を眺めていた。
「…役に立たないわよ。こんなの。」
涙はさっきよりも出なくなり、その腫れた目の下を擦りながら不貞腐れていた。
そう言うと男はこっちに振り向いた。
「あー俺、漁師やってんだけどさ。雨の日以外はほぼ漁に出るんだ。だから、お姉さんみたいな人なら大歓迎だよ。」
「え?」
「雨の日はずっと一緒にいれるじゃん」
そんなど直球の言葉に思わず顔が赤くなった。
「これからヨロシクね、お姉さん」
男は満面の笑みを向けた後、私の唇にキスをした。

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