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06. いまだけはここで雨宿りを
どうすればいいのだろう。答えなんて決まっているのに。びっくりしちゃって、返事ができない。わたしの目を見てくれている藤野くんを、見ていることしかできない。
わたしは、どういう顔をしているのだろう。それさえ分からない。身体が熱い。
ヘンな表情をしてたらイヤだ。わたしのことを好きといってくれた藤野くんに、わたしも同じ気持ちだよって、そういうことを伝えられるような、そんな表情をしていてほしい、なんて思ってしまう。
はやく答えないと。わかってる、そんなこと。だけど、あまりにも嬉しくて、言葉なんていらないって、身体が思い込んでいるのかもしれない、身勝手に。
これじゃ、いけないのに。勝手に、涙があふれそうになってしまう。
すると、わたしの持っていた傘が、わたしの手から離れた。
藤野くんは、わたしの持っていた傘で、わたしたちの顔を覆い隠してしまった。わたしたちの息づかいが聞こえてくる。藤野くんの顔が、さっきよりぐっと、わたしに近づいている。心臓の鼓動に、圧倒されそうになる。
「ちゃんと、新藤さんの返事が聞きたいから」
見えるもの、感じるもののすべてが、一瞬で、様相を変えた。雨の音、傘の影、じめっとした空気、濡れた肩と髪、すべてが、いまのわたしを、輝かせてくれている。すべてが、祝福の詩をまとっている。
わたしは、あの一言だけで、幸せをつかみとることができるのだ。
「わたしも好き……だよ?」
言い切ることができなかった。
藤野くんの目を見ていると、藤野くんよりわたしの方が、好きという想いを持っているのだと伝えたくなった。けれど、どれくらい好きかという喩えが浮かばなかった。そのせいで、言い切れなかった。
わたしの答えが意外だったのか、藤野くんは、なにも言い返してくれなかった。玉砕する覚悟で、告白をしてくれたのだろうか。びっくりした。わたしが、藤野くんのことをなんとも思っていないと、決め込んでいたのだろうか。
わたしたちは、これからどうしたらいいんだろう。好きということを、おたがいに言い合ったあと、わたしたちは晴れて付き合うことになった……ということなのだろうけれど、まず、なにをすればいいのかが分からない。はじめてのことだから。
「とりあえず、行こうか」
藤野くんは、なにを思ったのか、わたしの傘を持ったまま、まだ降りやまない雨の中に、一歩を踏み出してしまった。
わたしは、藤野くんの濡れた制服の袖を、ぎゅっとつかむ。
「もう少しここにいたい……かも?」
雨上がりまで、一緒にここで雨宿りをしてほしい。いまだけは、誰にも邪魔されずに、ふたりきりでいられるのだから。

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