63人が本棚に入れています
本棚に追加
0
深夜。白浜海水浴場の駐車場の隅に、中古のSUVがひっそりと佇んでいた。古ぼけたSUVの車内では、ふたつの人影がひとつに重なっていた。大学生鈴木大洋が、同じ大学に通う本田紗理奈の衣服を剥ぎ取ろうとして悪戦苦闘しているのだ。
上手く行かない。
何しろ女の派手な服というものは、鈴木の普段着とはあまりにも勝手が違いすぎるのだ。
「もういいってば。自分で脱ぐから」
紗理奈が両手を使って、経験不足の鈴木の身体を押し退けた。
「しょうがないな。じゃあそうしてよ」
自分の下手さ加減を棚にあげて唇を尖らせながら顔をあげたとき、駐車場からわずかに離れた砂浜のほうで夜行性の獣の鳴き声を聞いたような気がして、鈴木大洋は鳴き声のほうへ顔を向けた。
フロントガラスを覆う細かな水滴の向こうに、この世のものとも思えぬぐらい幻想的な天の川がキラキラと煌めいている。
視線を天の川から地上へと下ろす。
見えない。
フロントガラスの水滴が邪魔である。だが水滴越しの歪んだ世界に、オレンジ色の炎のような明かりが揺らめいているのが微かにわかる。
「何だろう」
焚き火にしては変だ。しかも、あの奇妙な声。夜行性の獣――野良猫か?――が唸り続けるような鳴き声。不気味だった。
「ちょっと、何?」
本田紗理奈が脱いだばかりの衣服を畳んで膝の上に置いてから、運転席の鈴木を見た。暗がりの中、紗理奈の胸の谷間に青い翳が差した。
「猫? 猫が鳴いてるの?」
「いや、わかんないんだよね」
ワイパーのスイッチを入れた。作動しない。エンジンを止めたままであることに気づき、鈴木はイグニッションを勢いよく回した。走行距離が十万キロを越えるSUVのエンジンが頼りなげな唸りをあげ、ワイパーが左右に動いて水滴を払い落とした。ワイパーのゴムが擦りきれているせいか、あちこちが拭きむらになっているが、それでもどうにか必要な視界は確保できた。
フロントガラスの向こう。百メートルほど離れた場所に、大きな炎の塊が揺れていた。

最初のコメントを投稿しよう!