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暴走する聖女
リスティア王国、王宮騎士庁所属の女性騎士・ミレイユ=ルベイスの本日最後の仕事は、異世界からやってきた聖女・ユリナ=サトに明日の予定を伝えることだった。
ところどころに明かりが灯されたリスティア王宮の回廊を左回りで通り抜け、夜の気配が満ちた長い渡り廊下を進むと、〝聖女宮〟へ足を踏み入れる。
さらにエンジ色の絨毯が敷かれた中央の階段を使って一階から三階へ上がり、この建物内で一番大きな部屋の前で足を止め、右手の中指の第二関節で扉をコンコンとノックする。
しかし中からの返事はない。いつものことではあるが、今日もまたか……と内心ため息をつく。仕方がないと気を取り直してもう一度、今度は先ほどより少し強めの力で扉を叩く。
「失礼いたします、ユリナさま」
それでも返事がない場合は、こうしてひと声かけてから中へ入らせてもらうことにしている。許可がないうちに入室すると不機嫌な顔をされることもあるが、激怒されたことはない。入室を諦めたミレイユが部屋の外から大きな声で要件を告げてくる方が、よほど鬱陶しいと理解しているからだろう。
きっと今夜も図書館から借りてきた本を読みふけっているか、ベッドに横になったまま職人に作らせた甘い菓子を貪っているに違いない。
あるいはその両方かも……と失礼な予想をしながら部屋の中へ入り、豪奢なシャンデリアに照らされた広い部屋の中央をまっすぐに進んでいく。
ミレイユが歩くと、後頭部の高い位置で結んだ長い髪も馬の尾のように揺れ動く。ミルキーホワイトの髪色と白い制服、腰に携えた白薔薇をあしらった剣の三つが揃っていることで、周囲に『白騎士』などと小洒落た異名で呼ばれているが、実際のミレイユは聖女ユリナの小間使いのようなものだ。本当は自堕落が加速し呼んでも出てこない彼女の扱いに慣れきってしまった自分に、こっそりと虚無感を覚えている。

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