うしろ姿

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うしろ姿

 私は、子供が出来にくい体質であったが不妊治療の末にお腹には待望の命が宿った。  その事を旦那さんに伝えると私と旦那さんは、子供が出来た事を一緒に泣いて喜んだ。  そして、私は——お腹に宿ったその命を無事に産む為に病院の先生の指示に忠実に従った。  安静にしなさいと言われれば、安静にし。  運動をしなさいと言われれば、運動をした。  そして、胎児に良いと言われる体操も毎日欠かさずして、私の赤ちゃん()が生まれてくるのをまだかまだかと楽しみに待っていた。  そんなある日、私は旦那の運転で生まれてくる赤ちゃんの洋服などを買いに出かけた。  私達は、初めての赤ちゃんに舞いがっており。必要以上に服や下着などを買ってしまったが、私達にとって、それは全てを含めて——とても幸せな時間だった。  私達は、そんな幸せを噛み締めながら帰りの車の中で旦那と生まれくる赤ちゃんの事を話していると——。  突然、ドガーンッ!!! と言う衝撃と共に乗っていた車が横転した。  私は、何が起きたか分からないまま……天地がひっくり返ったクルマの中で、頭から血を流し助けを求めた。  そして、ゆっくりと状況を認識して冷静になると自分の下半身が濡れている事に気がついた。  そう私は、この時、破水をしてしまっていたのだ。  その事に気づいた私は、お腹の赤ちゃんを助ける為に——よりいっそう大声で助けを求めた。  そして、病院に運ばれた私は医師の判断より緊急手術を受けると、お腹からは赤ちゃんが取り上げれた。  私は、その後2日後に目を覚ますと……異様な喪失感に見舞われる。  そして、お腹に手を当てると今まで大きかったお腹がぺったんこになっていた。  私が一瞬パニックになりそうになると、タイミングよく病室に入って来た看護師に、赤ちゃんは帝王切開で取り上げれた事を伝えられると安心した。  しかし、その後で旦那が死んだ事が伝えられると——。  私は、一瞬……何を伝えられたか理解が出来ずにいた……  そして、ゆっくりと……その言葉を理解し始めると——私は、ベットで泣き崩れた。  何時間も……何時間も泣き続けた。  私は、涙が枯れ果てると旦那さんが待ち望み。楽しみにしていた。  私達の赤ちゃんに会いたくなった。  そして、看護師さんに連れて行かれた部屋の赤ちゃんは——。  NICU(保育器)に入れられており。  その姿は、初めて赤ちゃんを見る私にも分かるくらいに弱々しく……沢山の点滴や管などが繋がっていた。  人工呼吸機により。かろうじて繋がれたその命は……弱々しく今にも止まってしまいそうだった。  息子は事故の衝撃で未熟児で生まれてしまったのだ。  そして、私は——たまたま通りかかった医師から息子が助かる確率が50パーセント以下である事が告げられる。  そして、助かる可能性は本人の生命力次第です。と、言う衝撃の事実を伝えれた。  私は、思う。こんな小さな体を見て——。本人の生命力次第……  私は、言葉を失い絶望すると……私の目からは枯れ果てたはずの涙が大量に溢れてきた。  そして、私は何も考えられなくなり。    そのまま、その場に崩れ落ちると私は弱々しく痛々しい息子に…… 「ごめんなさい……ごめんなさい…………  私が……  ちゃんと産んで、あげられなかったから…………」  そう言いながら、私は何度も何度も息子に謝った。  そして、医師には一時は助からないとまで言われた息子だが、なんとか元気になると私が退院してけら数ヶ月遅になってしまったが……退院が決まると私は病院に息子を迎えに行った。  私は、そんな息子に元気な子になって欲しいと言う思いを込めてヒーローから【ヒロ】と言う名前をつけた。  そんなヒロは、退院したが……体が弱く、その後も何度も入退院を繰り返した。  それから、一年が経過すると入院する回数も減って来ると私は少し安心した。  そして、町の検診の日に同じ年の子が沢山集められるとヒロは、その中で異様なくらいに小さかった。  そんなヒロを見て、他のお母さん達は——。 「小さくて可愛いですね。  うちの子は、こんなに大きくなってしまって抱っこするのも大変ですよ」  なんて言ってくるものだから。私は、嫌味だと思い。 「ほっといてください——ッ!!!」  そう大きな声を上げてしまうと、他のお母さん達からも白い目を向けられた。  私は、それに耐えられなくなり。その場から逃げ出すと……  私の目には、全てのモノが敵に映っていた。  だから、この時の私は強くなろうと——。  この子だけは、命に変えても私が守ると心に誓った。  しかし、その帰り道にスーパーに立ち寄った。私は……年老いた。お婆さんに声をかけられた。  すると、そのお婆さんはヒロを見て…… 「小さくて可愛い子だね」  そう言って微笑んだ。  そして、こう続けた。 「わたしの子供は、もう亡くなってしまったから。  その温もりは、もう感じる事は出来ないけど……  それでも、幼い子供を見るとワタシにも——こんな時も、あったんだな〜と……初めて抱いた息子の事を思い出す事も出来るよ。 ありがとね。……」  そう言って去って行く、お婆さん……  そんなお婆さんの言葉を聞いて、私は妊娠した時の事を思い出す。  あの時は、飛ぶ様に喜ぶと旦那さんと一緒に、いつも生まれてくる子供の事を話していた。  そして、あのお婆さんとは違い。私には、この子が居る。  そんな事を思うと、あの検診の時に話しかけて来た女性も嫌味で言ってなかったって事に気づいた。  そして、私は反省をすると……  これからは、これまで以上に——もっとヒロを大切に、そして、笑顔で育てる事を心に決めた。  そして、それからは優しい母親になるとタップリの愛情をヒロに注いだ。  そして、3歳になったヒロは保育園に通う事になった。  母1人子1人の為に、私が働かなくては生活が出来ないからだ。  そして、甘え坊で人見知りのヒロを保育園に連れて行くと——私と離れるのが嫌なヒロは毎日泣きじゃくるが、そんなヒロを先生に預けると私は心を鬼にして仕事に向かった。  そんなヒロも少しずつ保育園に慣れて行き。  ヒロも大きくなると運動会やお遊戯会といったイベントも増えていった。  私は仕事も忙しかったが……ヒロの為に休みを取ると、必ず早起きしてお弁当を作るとヒロの成長を見る為に、欠かさず応援に行った。  そして、そんなヒロも小学校になると友達も沢山増えて——外で遊ぶ事も増えていった。  しかし、ヒロは友達が自転車に乗れる様になる中で、一向に乗れる様にならなかった。  まあ、それでも遊ぶ場所は決まって近くの公園なので特に問題はなく過ごしていたが……ヒロも小学6生になり。  自転車に乗れないのがヒロだけに、なってしまうと私にも焦りが出始めた。  実は、来年は中学生に上がる為に——ここから1時間以上も離れた中学校に毎日、自転車で通うしかないからだ。  そして、私とヒロは自転車を乗れる様になる為に1年間、自転車の練習を猛特訓すると——何とか小学校の卒業式の1週間前に乗れる様になった。  勉強も運動もそこまで得意でないヒロだが、ここまでかかるとは私も想定外ではあったが……  しかし、中学前には乗れる様になったのでギリギリセーフ。  その事だけは良かったと思い、私は安堵した。    そして、小学校の卒業式を終えて——。中学校の入学式を終えると、ヒロは明日から中学校に自転車で通う事になる。  心配は、もちろんある。  しかし、それ以上に息子と練習した1年間を信じている。    そして、次の日——。  初めての自転車登校の朝、息子を見送る私は不安で顔がこわばっていた。   しかし、そんな事はお構い無しと息子のヒロは…… 「行って来ます! お母さん」  と、元気よく挨拶をする。  そこには、あの頃の泣き虫だった息子の姿は無かった。  そして、ヒロは自転車のペダルを力いっぱい踏んで進む。  そんな大きくなった息子の後ろ姿を見ながら……私は、いつまでもいつまでも大きく手を振った。  そして、姿が見えなくなった息子に 「いってらっしゃい。」  と、そう呟いた。 *  それから学校が終わり。  無事に帰って来た息子は、帰る途中で友達とふざけると自転車で転倒……  その拍子に新品の制服を初日に破いて帰って来た。  私は、1日中。息子の帰りを心配していたので……色んな気持ちが重なると複雑な気持ちで息子を叱った。  そして、息子は怒られてションボリと落ちこんでしまったので……  私は、旦那と同じて大好物のハンバーグを作ると息子はそれを…… 「美味しい! 美味しい!」  と言いながら、ご飯をおかわりすると——すぐに、元気を取り戻した。  私は、そんな息子の破れた制服を縫いながら息子を見ると、なんだか可笑しくなり。  少し笑うと……  今でも変わらない息子を愛おしく思った。

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