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「インビジブルハンドの精神感応を切ると、なんの意思も持たない純粋な物理攻撃になるのです。……言ってしまうと、強風でバケツが飛んで頭に当たるとか、そういう感じですね」
「なるほど」
アルフォンス様は納得した顔をし、頷く。
「……という事で、風が吹いて魔石に針が当たってしまったという体でやってみます」
私はインビジブルハンドを動かし、針で魔石を少し傷つけた。
アルフォンス様は緊張した表情で、私と魔石を見比べている。
けれどチクチク刺したあとに少し引っ掻いてみても何も起こらないのを見て目を見開いた。
「……いける、……のか?」
私は彼の目に希望の光が宿ったのを見て、小さく頷いてみせる。
「少しずつ、様子を見ながら与える刺激を大きくしてみます」
私はインビジブルハンドで拳を作り、割と強めにどついてみる。
次第に与える力を大きくすると周囲にガンッガンッと激しい音が響いたけれど、私はまったくカウンター攻撃を受けていなかった。
――やれる。
勝機を見いだした私は、敵意や闘争心を高めないように、努めて平常心でインビジブルハンドでパンチを繰り出し続けた。
見えない手を増やし、力を込めてドドドドド……と連打していると、次第に巨大な魔石にヒビが入り始める。
(いける! やれる!)
そう思った時――。
《やめろおぉぉおおおおぉっ!!》
突然、後方から低く禍々しい男の声がする。
驚いて振り向くと、レティが手に刃の黒い短剣を持って私に突進してくるところだった。
(なんで!?)
彼女が私に向かってくるまでの僅かな間、私は目を見開いて大いに驚いた。
いくら指輪と大きな魔石に向き合い、解呪しようとして弾かれたとしても、レティが私の命を狙おうとするなんて信じられない。
それにここはアルフォンス様の血統魔術を使わなければ来られないのに、なぜ彼女がここにいるの?
おまけに帝都には、皇帝と聖女の結婚式という事で、武器の持ち込みは禁止されている。
各国の騎士たちも幾つ武器を所持しているかをリスト化して提出し、厳重に管理されているはずだった。
レティは聖女だからいつも護衛騎士に守られていて、護身用の短剣を持つ習慣もない。
なのにどうして――。
様々な疑問が脳内をよぎり、私は目を見開いたまま棒立ちになっている。
表情を歪め、目を赤く光らせたレティが迫った瞬間――。
パンッ! と大きな破裂音がしたかと思うと、私の胸元にあったペンダントが眩い光を放って砕け散った。
そのペンダントは、十八歳になったお祝いにアルフォンス様が帝都の店で買ってくれた物だ。
ハッとしてレティを見ると、彼女が持っていた闇色の短剣がボロッと崩れ去ったところだ。
けれど彼女はすぐに次の短剣を作り出し、私に振りかざす。
「レティシア! やめろ!」
あわや短剣が私に刺さるというところで、アルフォンス様が私たちの間に割って入り、手刀でレティの手を打って武器を落とした。
彼はすぐに短剣を蹴り飛ばし、遠くへやる。
《邪魔をするな! 殺してやる!》
しかし美しい顔を憤怒に歪めたレティは低い男の声で吠え、体の周りに闇の球体を幾つも浮かばせた。
――これは絶対にレティじゃない。
確信した私は対応しようとしたけれど、その前にアルフォンス様が鋭く声を飛ばした。
「魔石への攻撃を緩めるな! レティシアは魔石に操られている。恐らく、君を最も動揺させる相手を選んだのだと思う」
アルフォンス様は腰から剣を抜き、刃に光の魔術を付与させた。
「レティシアの事は俺に任せてくれ! 君は魔石を!」
「分かりました!」
私は彼の言葉を信じ、冷静さを取り戻して一心不乱に魔石に連続パンチを浴びせる。
《やめろ! やめろぉおおぉおおっ!!》
レティは男の咆哮を上げ、やたらめったらに闇のエネルギー弾を撃ってくる。
アルフォンス様は障壁を張って私を守った上で、光属性の魔術を纏わせた剣で闇の攻撃を打ち払った。
そして光属性の魔術を使い、レティの体に取り憑いた闇の意識を祓おうとする。
《ぐ……、あぁあああぁああっ!!》
私はレティが彼の攻撃を受けて苦しむ声を聞きながら、歯を食いしばって魔石を破壊する事に集中した。
――壊れろ!
――アルフォンス様やカール様を苦しめて、私の大切なレティまでこんな目に遭わせる魔石なんて壊れちゃえ!
――こんな力、もう今の平和な時代には要らないの!
――お願いだからなくなって!
私は心の中で祈りながら、今まであったつらい事を思いだしていた。
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