ぶち込みたい

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ぶち込みたい

 今年は気温が上がりすぎて、蝉すら見かけないと、ネットで誰かが言っていた。確かにその通りだ。数年前までは家に居てもうるさいほど蝉が鳴いていたのに、今年は公園に行っても声が聞こえない。  特に日中はただ気温と湿度だけが高く、まるでサウナの中にいると錯覚するほど暑い。家の中でも外にいても、ただジッと立っているだけで滝の如く汗が出る。朝着替えて出勤しても、あっという間に服がだめになってしまう。 「あち~……」  目の前でベンチに座った先輩が、うわ言のように呟いた。三十度を超える気温で炎天下の中、半袖半ズボンじゃなくスーツの着用を義務付けているうちの会社は、きっと頭がおかしい。  かきあげた前髪から透明で綺麗な汗が伝って、首筋のほうへと落ちていく。開けられた第二ボタンの隙間からちらりと見える、透き通った白い肌。  つい情景に見惚れていたら、先輩が不思議そうに見上げてきた。 「竜聖、早くアイス食えよ。ドロドロなるぞ」 「あーはい」  指摘され、慌てて手に持っていた棒アイスの袋を開ける。言われた通りすでに溶け始めていて、へばりつく袋から取り出すのに苦労した。  先輩が食べているのは、棒アイスのチョコ味。このクソ暑いのになんでチョコなんだよと思ったが、言ったらもちろん怒られるのでやめた。 「うわっ、俺のも溶けてるわ」  そう言ってすぐ、先輩は棒アイスの根元に舌を這わせた。赤くて長い舌の先が、ドロっと溶けたチョコを器用に掬い取る。そして流れるように先端を咥え、口の奥の方に突っ込んだ。そのせいで頬が押されて膨らんでいる。アイスが垂れないように「じゅるっ……」と啜る音さえ、ソレに聞こえてくる。  自分のアイスを食べるのも忘れて、そのエロすぎる光景に見入った。  色も形も、まるで性器を舐めているかのようだ。それしか表現のしようがない。このときの俺はどうかしていた。暑さで思考が停止していたのかもしれない。 「あー……ちんぽぶち込みてぇ」 「……は!?」 「あ、やべ」  言うつもりなんか一切なかった。ただごく自然に、「暑い」とか「アイスうまい」とか、そういう心の内から感想が表に出てくるように、思ったことがそのまま口から滑り出た。  溶けかけのアイスと俺の顔を交互に見た先輩が、徐々に顔を引き攣らせる。完全にこれはやってしまった。そう理解するのに時間はかからなかった。 「セクハラ発言、すみませんでした」 「えっ……あ、ああ」 「失礼なことを言ってしまって」 「し、失礼、ってか……」 「あ……アイスが」  先輩のも俺のも、ほぼ溶けて床に落ちてしまっている。それを呆然と見つめながら、このあとのことについて考えた。  さっきのは言い訳のしようがないセクハラ発言。いやセクハラどころかド直球な発言。訴えられたら確実に負ける。だが、先輩は優しいからそんなことはしない。そうなると、「こんなこと言われたんだ」と会社の人間に話されて噂が広まり、変態ゲイのレッテルを貼られて終了。まあ、こんなところだろう。  もういっそ会社を辞めてやろうかと思ったが、入社三年目で最近やっと仕事をいろいろ任されるようになって、この二個上の先輩、坂野さんとも仲良くなってきて、さらには一人暮らしまで始めたというのに──すべてを捨てるなんて勿体ない。  いずれ転職を考えるにしても、何の準備もしないままそんなことしたら親に怒られるに決まってる。 「あのー……先輩」 「なん、なんだよ。まさか本当に舐めてとか言わないだろうな?」 「……え、舐めてもらえるんですか!?」   「んなわけあるか!」 「ですよね……」 「いや落ち込むなよ」 「先輩、さっきの忘れてください。お願いします」 「忘れるのは無理だろ」 「……そーですよねぇ。やめるしかないのか……」 「は? 辞める?」  即答されると思っていたのに、意外にも先輩は驚いた顔で見つめてきた。唇の端にチョコがついてて可愛い。なんて今思ってる場合じゃない。 「いや、だって気持ち悪いですよね? 男にあんなこと言われたら」 「き、気持ち……つか、り、竜聖は……その、ゲ……やっぱなんでもない」 「ゲイっすよ」 「なんでもないって言ったのに!」 「もう隠すのやめます。どうせやめるんだから」 「おい、なんで辞めるってことになってんだよ。お前まだ三年目じゃん」  先輩は優しい。いや、優しすぎる。「ちんぽぶち込みたい」と言ってきた相手を辞めさせず、引き留めるだなんて。 「じゃあ俺これからどうしたらいいんすか……先輩にちんぽぶち込みたいって言っちゃったのに」 「おっ、おまっ、二回も言うなよ!」 「あ、すみません」 「……別に訴えるとかはしないから」 「本当ですか? 影で噂されてゲイバレして会社行けなくなる未来が見えるんですけど」 「俺が誰にも言わなきゃいいだろ、そんなの」 「でも……」  なぜ先輩はそこまで俺によくしてくれるんだろう。俺が同じ立場だったら、蹴りの一つでも入れてるのに。この人は優しすぎる。 「その代わり、他の人にさっきみたいなこと、絶対言うなよ! わかったか?」 「言いませんよ。先輩以外にぶち込みたいって思わないですし」 「だあっ……」  先輩は目をギュッと瞑り、両手で顔を覆った。隙間から見える頬が真っ赤に染まっている。  ちょっと目つきが悪いとはいえ、それが気にならないほど美形だから、シモの話には慣れていると思っていたのに──、この反応は意外だ。見た目より純粋なのだろうか。  とりあえず許されてラッキーだった。先輩が落としたアイスの棒を拾い、袋に入れる。これからも後輩で居られるのがなにより嬉しい。 「ゴミ捨ててきていっすか?」 「あ、ああ、さんきゅ……」  先輩は言ったことを必ず守る。だから俺のこともゲイネタで揺すったりしないし、これからも後輩として可愛がってくれるはずだ。  改めて、先輩のことを好きになってよかったと思った。

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