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目が覚めたとき、まだ外は薄暗く、カーテンの隙間から朝焼けの色が少しだけ覗いていた。ベッドの隣では、美亜ちゃんが小さく身を丸めて寝ている。いや、正確には寝たふりだ。
その証拠に、不自然に手に力が入っているし、まつ毛がぴくぴくと震えている。
「…美亜ちゃん」
呼びかけてみたけれど、返事はない。
もしかしたら気まずいのかもしれない。
だってきっと、昨夜のことは彼女の本意ではなかっただろうから。少なくとも今の段階では、彼女が俺に特別な感情を抱いていないことも、分かっている。
──俺は昔から、“ツイてる”と言われてきた。
テストの山勘が当たる。忘れた傘が戻ってくる。出かける時は大体晴れだし、人気のパンも最後の一個を買える。
なんてことない、些細な幸運。
才能というにはちっぽけだけれど、強く願えば、世界がそっちに、ほんの少しだけ傾いてくれるような感覚があった。
美亜ちゃんのこともそうだ。
初めてキャンパス内で見かけたとき、一目で惹かれた。そしたら、同じサークルになった。話せたらいいなと思った。そしたら、何度も偶然が重なった。
昨日の飲み会だって、隣の席になれたらいいな、と思ったら、本当にそうなった。
そして、心の中で思っていた。
(ふたりきりになれたらいいのに)
怖いくらい順調に進んだ昨夜。
自分にだけ都合の良い偶然ばかり。
一体、彼女がどんなつもりで、終電間際に俺を引き止めたのかは知らないけれど、これはチャンスだと思った。
自分の“運”が、彼女の意思を無理やり変えてしまったのかもしれない。そう思うと、罪悪感が全くないわけじゃない。
それでも、俺は、絶好の機会を手放すつもりはなかった。
「美亜ちゃん、好きだよ」
寝たふりを続ける彼女の額に、そっと口付ける。
彼女はびくりとわずかに動いたけど、頑なに目は閉じたまま。
「…絶対落とすから。早く俺のになって」
追撃とばかりに彼女の耳元で囁けば、彼女は困ったように眉をたらし、首元まで真っ赤に染めた。
この夏の夜が、きっと俺たちの始まりになる。
しあわせな予感に、もう一度彼女にキスを落とした。
fin.
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