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同級生の央樹に告白されたのは、大学三年の夏休み明けだった。
「ひかりの、いつもにこにこしてるところが好きなんだ。つきあってほしい」
「気持ちは嬉しいよ。でも……」
そのころ私は、一年近く交際していた恋人と別れたばかりだった。最近はやり取りも減っていて、別れは自然消滅的ではあった。それでも、失われた未来をしのぶ感傷のようなものが、私の中でくすぶっていたのだ。
「いまは、そういうこと考えられない。ごめん」
「じゃあ待ってもいいか」
央樹はあきらめなかった。
「おれのこと、考えられるようになるまで待たせてよ。もう一回告るから」
前のめりで言われ、「なにそれ」と笑ってしまう。けれど、元カレには無かった積極性にこのとき惹かれたのだろう。ひと月後、私は央樹の告白を受け入れた。
地味めの私に対して、明るく朗らかな央樹はどこにいても友人に囲まれるような人気者だ。当然、女友だちも多かった。
「ねえ央樹。友だちが昨日、カラオケで女の子といるのを見たって言うんだけど」
「バイト仲間の飲み会だよ。他にも何人かいたから」
無邪気な子犬みたいに笑われると、もう不満は言えなかった。それに、彼の気持ちが離れているようにも見えない。央樹はいつも、こまめに連絡をくれる。外出時は車道側を歩いてくれ、重い荷物を持ってくれる。私が気になる映画やスイーツの話をすると、「今度行こうよ」と言ってくれる。私のことが好きだからそうしてくれる。でしょ?
確かに『好き』はあった。ただ、その対象は私だけではなかったようだ。
大学四年生になってすぐ、所属するゼミ室に入った私は、そこで央樹が女の子とキスしているのを目撃した。今年からゼミに入ったばかりの後輩だった。
「あっ、これは違うから」
後輩があっさり逃げ出すと、央樹は言い訳をはじめた。
「違うって言っても、何がって感じだよな。ごめん、わかるよ。でもおれにも上手く説明できなくて、なんというか魔がさした。最近ひかりと会えずに、寂しかったっていうのもある。あ、これは言い訳だよな、ごめん。でもそれだけ、おれの中でひかりの存在が大きかったってことで」
まくしたてられる言葉の羅列は、私の心に引っかかることはなかった。
なんとなく、わかってはいたのだ。彼が本当に誠実な恋人なら、三日に一度の割合で女の子との目撃情報が寄せられるわけがない。さすがに頻繁すぎるよ、央樹。冬眠前のクマかよ。
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