最適解

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 ある貸し切りの特急列車が突然制御不能になった。今流行りの無人運転の列車だ。  その進行方向では線路が二股に分かれていて、右の線路の踏切の中では遠足の小学生30人が乗ったバスが線路の溝にタイヤがはまって立ち往生していた。  左の線路上の踏切でも行楽帰りの高齢者10人が乗ったバスが同じように立ち往生していた。  悪い事にどちらのバスも自動運転車であるため、ドアも窓も開かず乗客は全員閉じ込められていた。  指令室で運行主任の山田は青ざめて言った。 「まるでトロッコ問題だ、こんな事が現実に起こるなんて」  副主任の佐藤が訊いた。 「何ですか、それは?」 「トロッコの線路の二股に分かれた先に5人と1人の人がいる。暴走したトロッコをどっちの線路に行くよう分岐器を切り替えるべきか? そういう倫理学の思考実験だ」 「いや、でも、これ現実ですよ。どっちを選んでも大惨事になって人が大勢死ぬ」 「そうだ、本社に頼んでAIに答えを出してもらおう。AIなら最適解を見つけてくれるはずだ。それにAIの判断なら私たちは法的にも道徳的にも責任は問われなくて済む」  直ちにAIに、関係するあらゆる情報がインプットされた。AIから鉄道の全自動制御システムに指令が発せられた。  その内容を見た山田も佐藤も、関係者の全員が悲鳴を上げたが、もう遅かった。トンネル工事用の高性能爆薬を積んだ点検用車両が特急列車の進路に侵入し、二両の列車は正面衝突し、巨大な火柱が上がった。  数時間後、立ち往生していたバスは両方とも救出され、30人の小学生も10人の高齢者も無事だった。  一方、特急列車の乗客は老若男女を問わず、100人全員が即死していた。  この事故は運輸安全当局によって捜査されたが、どこに責任を取らせるべきかで議論は迷走を続けた。  SNS上では、意外にも、鉄道会社が使ったAIの判断を非難する書き込みは極めて少なく、むしろAIを英雄として称賛する声があふれた。  その特急列車に乗っていたのが、日本人、外国人を問わず全員が、悪名高い転売ヤー集団だった事が報じられたからだった。  何故30人でもなく10人でもなく、100人を犠牲にする事が最適解だったのか? AIが答を出すその過程での思考回路は未だ人類には理解不能である。

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