きっと私だけ知ってる

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 私の好きな人はいつも絵ばかり描いている。  部活は美術部。  私はそんな彼が絵を描くのを見るのが好きで、美術部に今年から入った。  それからは毎日絵を描く彼の姿ばかり見ている。   「よく飽きないね。笹原さんは描かなくていいの?」 「だって原口くん、本当上手いんだもん。見てれば勉強になるから」 「僕より上手い人なんていっぱいいるよ」 「私は原口くんの絵が好きなんだもん」  絵も好きだけれど、本当は原口くんが好きなんだけどね。 「まあ、いいや。気が済むまで見てれば。でも、文化祭までには絵を仕上げてね」 「私下手なのに、出さなきゃだめ?」 「美術部でしょ」 「はあい」  原口くんはぱっと見冴えない男子だ。  長い前髪は鬱陶しそうだし、眼鏡のレンズは分厚いし。  でも、私は知っている。原口くんの唇はとても綺麗な形をしている。鼻だって意外と高くて、目は細いけれど、まつ毛が長くて繊細な作りをしてるんだ。  そして、何より、絵を描く指が美しい。  細くて長くて。  そんな指から繊細で綺麗な絵が生み出されるのに、私はどきどきする。  原口くんは水彩画を得意としている。  クロッキーも良くしているみたい。スケッチブックを持ち歩いている。  でも、まだそのスケッチブックの中は見たことがない。 「ねえ、そこのスケッチブックにはさ、いつ描いてるの?」 「暇さえあれば」 「見せてもらっちゃだめ?」  原口くんは、珍しく手を止めて私のほうを見た。  目が合う。  なんだろう。  今まで見たことのない、原口くんの表情。 「見たければ見れば」 「じゃあ、見せてもらうね」  私は先ほどの間が気になって、なんだか悪いことをしているような気になりながら、スケッチブックを開いた。  りんごとバナナ。石膏の像の横顔。多分校舎の窓から見える風景。  鉛筆だけでこんなにも美しく描けるものなのか。  やっぱり原口くんの絵好きだなと思いながら、めくる。  と。  人物画があった。  珍しい。  髪の長い女性。短い女性。制服。着物?  でも、なにか違和感を覚えた。  顔の作りが……全て一緒?  それに、この顔、見覚えが……。  私はゆっくりと美術室を見回した。  そしてどきりとした。  見つけてしまったからだ。その顔の持ち主を。  私はパタンとスケッチブックを閉じて、原口くんを見た。  原口くんもこちらを見た。 「満足した?」 「う、うん」  見なければよかった。  原口くんの好きな人。竹中さんだったんだ。  私はそれ以来美術室に行かなくなった。  行けなくなった。  好きな人の好きな人。解りたくなかった。  そして。  スケッチブックを見せた原口くんは、私をやんわりと振ったのだ。きっと。              了

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