44人が本棚に入れています
本棚に追加
冷静に考えたら、人間であるアスターがカイエを食べるわけがないのだけれど、カイエを見つめるアスターの視線はどう考えても獲物を狙う獣。
この場合、文字通り「獲物」として狙っているわけではないだろう。色恋沙汰に疎いカイエだってそれくらいはわかる。
アスターから感じた恐怖の正体はこれだったのだ。
狙われている。私の貞操が。
冗談じゃない。
「待って……アスター。私、ぜんぜんあなたのことを知らないんだけど?」
「これから知っていただければ十分です」
「あなただって私のことを知らないでしょうが」
「よく存じあげておりますよ。あなたは優しくて情に篤い。俺のことも見捨てなかったし、姉上の頼みもこうして聞いている」
「あなたを見捨てなかったのはたまたまよ! うぬぼれないで。姉さんは身内だから当たり前でしょ」
「あなたの気の強さも織り込み済みです。これは口説き甲斐がありそうだ」
「勝手にロックオンしないでよ! 人間のくせに! 私は魔女よ!? あなたとは違うの、化け物なの! 姉さんみたいに割り切れないから、人間とは一緒に生きられないのよ!」
「俺もたいがい化け物だと思いますよ。あなたに心の内を見せられなくて残念だ」
「あっ、なんかそれは見たくないかも」
焦ったカイエににっこりと笑って、アスターが立ち上がる。
「騒動を収めてきますので、ここにいてください。部屋は自由に使ってくださってけっこうですが、外出はなさらないように。……たとえ逃げても、俺は逃す気はありませんけどね」
そう言って転移の魔法陣を輝かせて、アスターの姿が消える。
カイエはほっと息をついた。
アスターを前にしている間、ずっと身構えて体に力を入れていたので、どっと疲れが出る。
――なんか、すっごくめんどくさそう……。
アスターという存在が。
関わるとろくな目に遭いそうにない。
逃げよう。
カイエもまた立ち上がると、玄関に向かった。
が。
「なんっで、あかないのよっ」
玄関のノブを掴んだ瞬間、弾き飛ばされてしまった。
よくよく見たら淡く封印の魔法陣が玄関に浮かび上がっている。
これはもしかして、と窓に向かう。
窓は開いた。
が、外に出ることはできなかった。
幕のような結界が張られており、その先に行くことができないのだ。
普通の人間に作ることができないほどの、強固な「檻」に閉じ込められているようだ。
「ふううん……?」
きれいな顔をしてなかなかゲスい、あの聖騎士。
「いい度胸じゃないの、人間のくせに。私を誰だと思ってるの?」
姉の持ち物だけど拝借してもいいだろう。
カイエは縦長の瞳孔を開くと、手のひらに虹色のうろこを呼び出した。

最初のコメントを投稿しよう!