温かな記憶

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「はーい、出来たわよー!」 幼い頃に食卓に出された料理は今思えば斬新な物だった。 兄弟も多く、両親は共働き。 そんな家庭で春になるとこんな料理が食卓に出される。 「タラの芽の天ぷら」 量はまるで漫画の様にてんこ盛りで、その大皿ひとつが大家族のおかずだ。 まだ寒さの残る春先に芽がでるタラの芽は、少しほろ苦い。 父母が毎年裏山に入っては、私達の為にかご一杯に取ってきてくれる自然の恵みでもある山菜だ。 末っ子の私には少し苦手なおかずだったが、大家族の我が家では春といえば決まってこれだった。 食が細いのもあり食べるのも遅いので、気が付けばてんこ盛りだったタラの芽は全て他の兄弟に食べ尽くされてしまう。 私はそんな春の味覚が苦手だった。 奨学金で高校、大学を卒業し、そのまま関東で有名な外資系商社へ入社。 実家から遠く離れたい願望もあった。 物心つく頃に一番嫌だったのは家がかなり貧しかった事だ。 共働きの両親だったが大家族と言う事でかなり友達には馬鹿にされてきたし、毎回の食事はおかずが大皿に一つ。 それが成長と共に嫌で嫌で仕方なかった。 だから寝る間も惜しんで勉強し、新聞配達を続け貯金し続けたのだ。 「星野さん、今月も営業トップですね!」 「星野君、課長が君を絶賛していたぞ!昇進も間近だな。」 周囲から起こる称賛はいつも心地よかった。 盆にも正月にも実家に帰らず、何年も経っていた。 地元に住む兄からはよくメールが届いた。 数年前に父が亡くなり、母の体調が最近良くないとの内容だ。 「仕事忙しくて帰れそうにない。」 決まって返すのはこの一言だ。 そのあと28歳になった頃にマンションを買い更に順風満帆な日々を過ごしていた。 4月某日 ある日実家からクールで小さな段ボールの荷物が届いた。 送り先は「母」からだ。 箱に張り付いた伝票には中身は「食品」と書かれていた。 「…。」 実家にもう数年も帰っていない事を母は心配してか、ちょくちょく野菜や日持ちのする佃煮なんかを入れては送ってきた。 仕事も忙しく接待やら飲みやらで外食で普段済ます為、毎度送られるこの母からの段ボールは気持ちを憂鬱にさせる。 段ボールは開く事もせず、玄関に置きっぱなしで私はマンションを出た。

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