Reタルトタタン

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 義父母に「出ていけ」と追い出された。だから私はこの町を出る。5年間暮らしたこの町を。最後のディナーはこの店しかない。私は木製の重い扉を開いた。 「いらっしゃいませ」  糊の効いたワイシャツに黒いベストを合わせた男性が、笑顔で迎えてくれた。 「おひとり様ですか?」 「はい」 「ご案内いたします」  男性が案内したのは、偶然にも5年前に彼と座った席だった。 「ご注文はお決まりですか?」  男性が聞いた。 「シェフのおすすめディナーで」  男性は軽くお辞儀をして去っていった。  5年前に食べたものと同じメニューを頼んだ。普段は町の中華屋しか連れて行ってくれない彼が、こんな高級なレストランでおすすめディナーなんて頼むから「大丈夫?」って聞いた。 「今日は特別なんだ」  もしかしてプロポーズ? 結婚を申し込まれたらなんて答えよう。もちろん返事はOKだ。付き合って1年半。それほど長いわけでもなかったけど、彼も私も25歳。そろそろそんな事を考える年だった。いや、年だからプロポーズにOKしようと思ったわけじゃない。不器用でおっちょこちょいで、でも全てに一生懸命で何度も立ち上がる。そんな彼を側で応援したいと思った。 「お待たせいたしました」  テーブルの上には牛ヒレのステーキが運ばれてきた。添えられた野菜は違うけど、あの時と同じ大きさ、同じ焼き加減の肉。ナイフを入れるとスルリと切れる。あの時と同じ柔らかさだ。すぐに一口大に切り分け、口に運ぶ。  違う。味が濃い。シェフが代わったのかな。  ああ、でもあの時は、2人とも緊張していて味なんて分からなかったのだ。彼はガチガチに固まっていた。なんて言ってプロポーズしようか。OKはもらえるだろうか。そればかり考えていて味わう余裕なんてなかったと言っていた。私だって、いつ彼が言い出すのか、なんて言うのか。もしかしたらプロポーズじゃなくて別れを切り出されるのかも。なんて、期待と不安で吐きそうなくらいだった。

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