プロローグ:契りの瞬間
鐘の音が、厳かに響き渡った。
白い花々に囲まれた祭壇の前で、リシュアは震える心を隠しながら立っている。
隣にいるのは、氷のごとき美貌を持つ男――レヴァン・アストレイア公爵。
彼が視線を落とすことは一度もない。まるで人形のように、冷ややかな表情。
白布に包まれた聖典を掲げ、神父が声を響かせる。
「レヴァン・アストレイアとリシュア・ヴァレンティアは、夫婦としてここに愛を誓いますか?」
「……誓います」
凍てつくように澄んだ声が、堂内に響いた。
そこには一切の温度がなく、ただ儀礼としての響きが残る。
「誓います……」
リシュアもまた、無表情に答えた。
けれど胸の奥では、鋭い痛みが走っていた。
「指輪の交換を」
その言葉に軽く頷き、彼の手が、彼女の左手をとり———指輪を嵌める。
銀の輪が光を受け、ひときわ美しく輝いた瞬間、リシュアの心はかすかに震えた。
(……綺麗……)
その小さな感情の揺らぎに応えるように、右手の魔力抑制具が微かに震える。
胸の内を慌てて押し殺し、リシュアは細く息を吐いた。
(駄目……気持ちを抑えなきゃ……)
リシュアも、彼の左手をとり、震える手で指輪を嵌めた。
神父の厳かな声が続いた。
「では、契りの証として――誓いの口づけを」
その言葉を合図に見上げると、冷たいその瞳が、一瞬だけリシュアを映す。
その眼差しは、彼女を見ているのか、それともただ形式を大切にしているだけなのか……。
わからない。けれど、胸がざわめいた。
レヴァンの顔が静かに近づく。
リシュアは、思わず目を伏せた。長い睫毛が震え、頬に赤みが差す。
そして、唇に触れる――。
ほんのわずか、羽が触れるような口づけ。
そこに愛はないとわかっている。彼にとっては、形式のひとつにすぎない。
けれど、リシュアにとっては違った。
高鳴る鼓動を必死に抑えながらも、触れ合った温度が甘く胸を焦がす。
すぐに終わるはずの口づけが、永遠に続いてほしいと願ってしまう。
――苦しいほどに、甘く。
――甘いほどに、切なかった。
冷たさで始まった婚姻が、やがて二人の運命を変えることになると、
このときのリシュアはまだ知らなかった。
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