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1 ダドリー、新しい従者を雇う
「ダドリー、あなたとの婚約は、なかったことにするわ!」
「えっ!? あっ、あの……、アリシア様、いったいそれは……?」
ダドリー・メイフィールドは、由緒あるリンメル伯爵家の若き当主だ。
容貌も才能も人並みだと思っていたので、真面目で一途に努力を続けてきた。
父から爵位を引き継いで五年。
領地の経営に熱心に取り組み、有望な事業にこつこつと投資し、自分と違って才知に恵まれた妹を隣国の高等貴族学院へ留学させた。
それなのに――。
ここは王宮の「花冠の間」――。
第三王女アリシアの十八回目の誕生日を祝う宴が開かれていた。
王女の婚約者であるダドリーは、例年通り、鮮やかな真紅の薔薇の花束を抱え王女の前へ進み出た。
婚約が決まってから、彼には毎年、一番始めに王女に祝いの言葉を述べるという栄誉が与えられていたのだが――。
「わたくしは、こちらのフィリップと結婚することに決めたの!」
いつの間にか王女の隣には、大輪の百合の花束を左腕に抱えた男が胸を張って立っていた。
男は、金色の豊かな髪を右手でかきあげると、露草の花に降りた朝露のような青く澄んだ瞳を輝かせ、王女に花束を差し出した。
「誕生日おめでとう、そして、ありがとうアリシア! これで、ぼくたちは堂々と、人目をはばからず手を取り合うことができるんだね!」
「ええ、フィリップ! あなたのおかげで、わたしは真実の愛というものを知ることができたのよ! 幸せになりましょうね!」
花束を放り出し、ひしと抱き合う二人の前で、ダドリーは薔薇の花束を抱えたまま立ち尽くしていた。
こういうとき、多くの良識ある人々は、「見て見ぬふり」というものをしてくれる。
ありがたいことに、「花冠の間」は、良識ある人々で溢れかえっていた。
ダドリーは、何事もなかったように「花冠の間」からひっそりと退出した。
こうなると、薔薇の花束はひどく見苦しく邪魔なものにしか思えなかった。
そこで、ダドリーは、入り口の脇に控えていた侍従に片目をつぶって、花束をプレゼントすることにした。
侍従は、そういう嗜好のある人物だったのか、頬を赤らめて受け取ってくれた。
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