ずっと、貴方が欲しかったんだ

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ずっと、貴方が欲しかったんだ

「オレ、結婚することになったんだ」  手元のレモンスカッシュに視線を向けたまま、まるで他人事のように、オレはポツリとつぶやいた。 「そう、ですか……」  知り合いならば、祝福するだろう結婚報告なのに、オレの向かいの席に座る奴の反応は、淡々としたものだった。 「兄は、知ってるんですか?」 「わからない……」  どんな表情で話しかけているのか気になって顔を上げると、まっすぐな瞳がオレを静かに見つめていた。  オレは、胸がちくりと痛んで、すぐ視線を外した。  だめだ……あまりにもあいつに似ているから、思い出してしまう。  オレにとって今の結婚よりも重大なことで、人生の大きな分かれ道となった出来事を……。  ◇  十年前。オレは高校卒業を待たずに、逃げるようにこの街を出た。  オレは、定期的に義務付けられている検査で、ずっとベータと診断されてきたし、高校入学前検査も同じ結果だった。  だから、アルファのようにもてはやされることもなく、オメガのようにヒートで大変な思いをすることもなく、ごくごく普通の生活を送っていた。  なのにある日突然ヒート事故を起こし、幼馴染の親友を巻き込んでしまった。それは予想外の出来事で、誰にも止めることのできない事故だった。  親友は、オレが恋心を抱いている相手だった。あいつも、同じ気持ちだった……と思う。  事故の後、確かにベータだという診断書を提示し、お互いの両親が話し合った。  医者によると、突然変異のバース転換だそうで、トラップなどの意図的なものではないことも証明された。  話し合いの結果、医療費はお互いの家で出し合い、オレは番解除の手術を受けることになった。  そして『接触禁止令』が出され、もう二度とお互いが関わらないようにと、誓約書も作成された。  そのことを知ったのは、事故から一ヶ月が過ぎた暑い夏の日、知らない街の知らない病院の一室で……だった。 「手術は成功しましたが、番解除の拒絶反応が出るため、アルファとの接触は極力避けてください。それと、ご家族の方からの伝言なのですが、お相手の芹沢颯(せりざわはやて)さんとは、接触禁止令が出されたそうです」  颯の名前に、オレの体は一瞬びくりと震えた。  医師はオレの様子に気づくことなく、カルテを見ながら淡々と説明を続けた。まだ頭が朦朧とする中で聞かされた話は、まるでドラマか何かのようだった。  オレと颯は幼馴染で仲が良く、いつも一緒にいた。口には出さなかったけど、お互いを特別な存在だと感じていて、一生一緒にいるものだと思っていた。  なのに、あいつはアルファでオレはベータと診断された。今はアルファとベータでも結婚できるけど、長男の颯にとって大きな問題だった。だからせめて、親友としてずっとそばにいようって思ったんだ。  なのに、なぜかオレは突発的なヒートを起こし、あいつはオレに襲いかかってきて……。  気付いたらオレは、真っ白で何もない病室で目を覚ました。  違和感を覚えて触れた首には、厳重に巻かれた包帯。  頭全体が重くズキズキとした痛みが押し寄せ、考えがまとまらない。  その後やってきた医師に説明されるまで、オレの身に何が起きたのか全くわからなかった。……いや、今でもあの時のことは思い出せないし、皆が腫れ物に触れるようにその話題を避けるから、詳しいことは今も知らないままだ。  わかっているのは、オレと颯がヒート事故で番になり、その後オレは番解除の手術を受け、もう二度と会わないように言われたということだけだ。  ◇ 「じゃあ、もう行くよ」  オレは、薄まったレモンスカッシュを飲み切ると、立ち上がって伝票を手に取った。 「悠生(ゆうせい)さん! また会えますか?」  オレを引き止めるように立ち上がった英士(えいじ)は、小さな頃と同じようにまっすぐな瞳でオレを見つめてくる。  颯の家に入り浸っていたオレは、弟の英士ともよく一緒に遊んだ。英士はいつも嬉しそうに「大好き」って言いながら、ちょこちょことオレの後ろをついてきていた。  にいちゃんばかりずるいと、いつもオレのそばにいる颯に文句を言い、兄に喧嘩を挑む姿は微笑ましかった。歳が離れていたから、勝敗が簡単につくのはわかっていたのに。  でもそんな英士はとても可愛くて、一人っ子のオレは、本当の弟のように思っていたんだ。  なのに、オレはあの事件の後、急に姿を消してしまった。あんなにオレに懐いていたから、きっと寂しい思いをしただろう。    だから、今日は偶然会うことができて良かった。  オレは地元から離れた、遠い街でひっそりと暮らしている。結婚が決まったから帰ってきなさいと、母から呼び出されたのが先月のこと。  学生時代に、ヒート事故で親に散々迷惑をかけたから、何も文句は言えない。  家のための縁談なのか、ただ単にオレに結婚して落ち着いてほしいだけなのか、それはオレには分からない。  ただオレは、親の言うままに結婚をする。そのために、先週地元に帰ってきた。  そんな時、街で懐かしい人に声をかけられた。それが、颯の弟の英士だった。  オレの記憶の中の英士よりも、背も大きく、肩幅もガッチリして、かけられた声も低く大人びた声になっていた。  聞かなくてもわかる。英士もアルファだ。  ますます颯に似てきた英士を見ていると、嫌でも思い出してしまう。  オレは無理やり記憶に蓋をし、英士に精一杯の笑顔を向けた。 「久しぶりに会えてよかったよ。……元気でな」  オレは英士の頭を昔のようにポンポンと撫でると、じゃあなと手を振ってレジへ向かった。  ◇  偶然英士に再会してから、一ヶ月ほどが過ぎていた。  あの事故の日と同じ、どんよりとした曇り空で、今にも雨が降り出しそうな天気だった。 「……あれ?」  オレは、視線の先に見覚えのある後ろ姿を見つけ、思わず首を傾げた。そこにいるはずのない人物なのに、あまりにも似過ぎているのだ。  今日オレは、初めて結婚相手と顔を合わせることになっている。事前にお見合い写真をる機会があったけど、そんな気分になれないオレは、一度も見ることなく今日を迎えた。  今の医学は進んでいて、番解除の手術をしても、再び番を持つことも可能となった。それでも一度番を持った事実は消えないし、強制的に番解除の手術をされた事実も消えない。だから、相手の人に失礼だという気持ちも拭いきれなかった。

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