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本棚に追加「うまくやっていけるのかな……」
約束の場所へ向かう途中、口から思わず本音が漏れ、立ち止まって大きなため息をついた。
結婚して一緒に生活をすれば、自然と昔話にもなるだろう。ここは地元だから、オレが不自然に学校を辞めたことを知る時が来るかもしれない。番を持った過去も知られるかもしれない。
そのときオレは、どうすればいいんだろう。
結婚をする時点では、過去に番を持っていても申告義務はない。だから、知らぬ存ぜぬを通すことだってできる。
けどそれは、結婚相手への裏切りのような気がしてしまう。
はぁ……。
オレは再び大きなため息をつくと、天を仰いだ。
今日は、お見合い相手と二人きりで会うことになっている。顔合わせの場所は、ホテル内にあるレストランだ。
結婚はもう決定していることだけど、一応お見合いの場ということで、両家揃っての挨拶をするのかと思っていた。なのに両親に、二人きりで親睦を深めてきなさいと送り出された。
先ほど中庭で見かけた後ろ姿が気になりつつも、オレは重い足取りでレストランに向かった。
「え……?」
レストランに到着し、ウェイターさんに案内されたのは個室だった。ウェイターさんにお礼を言って部屋に入ると、なぜかピシッとスーツを着こなした英士が待っていた。
「なんで英士が……」
状況が全く飲み込めないオレは、その場に立ち尽くしてしまった。
今日会うのは『結婚相手』のはずだ。何か手違いがあったのだろうか。
「間違ってませんよ。悠生さん、あなたの相手は俺です」
オレの心を読んだかのように英士は答えると、そっと椅子を引きオレに座るように促した。
ちょっと待て。英士が、オレの結婚相手……? 意味がわからなすぎて、口から何も言葉が出てこない。
一ヶ月前に偶然再会して『結婚する』と伝えたときに、英士は『兄は知っているのか』と訊ねただけだった。もし本当に英士がオレの結婚相手ならば、あの時に言えば良かったじゃないか。なのになぜ黙っていた?
「……なら、なんであの時……」
平然と座るように促す英士に向かって、オレはやっとの思いで口を開いた。
「あの時点で、あなたの相手は俺じゃなかったですから」
「え? どういう意味……」
「あなたが結婚すると聞いて、両親に『お願い』したんですよ」
「お願い……?」
英士の言っている言葉の意味が、全くわからない。
颯と事故で番になってしまったオレと、その弟が結婚するなんてご両親が許すわけがない。もう二度と関わりたくないはずだ。
「悠生さんのご両親ともお会いしたんですよ。ちゃんとお話ししたら、わかってくれました」
「どういうこと、だ……?」
うちの両親と会った? 話したらわかってくれた?
いや、そんなはずはないだろ。うちの両親はともかく、颯の両親はアルファの人生に汚点をつけたオレを、よく思っていないに決まっている。接触禁止令を出して、もう二度と関わらないように誓約書まで交わしているはずだ。
その事実を前に、うちの両親が自ら許可を出すなんてあり得ない。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。許可をいただいたのは本当なんですし……信じられないなら、今から電話して聞いてみますか?」
英士は楽しそうにクククっと笑った。
オレの知っている英士は、無邪気な笑顔が可愛いやつだ。オレのことを慕ってくれて、後ろをワンコのようについてまわっていたんだ。
再会した時だって、オレをまっすぐ見つめるあの瞳は、何も変わらなかった。
なのに……。
目の前にいるこいつは誰なんだろう。オレは、こんな笑い方をするヤツを、知らない。
「あ、そうだ。婚姻届は出したから、俺たちはもう夫夫なんですよ」
「……!!」
オレは目を見開いて、楽しそうに笑う英士を見た。
結婚というのは、ちゃんと手順を踏むものではないだろうか。例え決められたお見合いでも、両家で顔合わせをし、本人たちの意思確認をし、婚姻届にサインをし、役所に届けに行き……。
オレは、まだ何ひとつやっていない。少なくとも、婚姻届が本人の意思関係なく受理されることなんて、あり得ないだろう。
何かがおかしい。このままここにいてはいけない。
オレは身の危険を感じ、立ち上がると急いでドアの方へ走った。
ガチャガチャと音を立ててドアノブを回そうとするけれど、鍵がかかっているのか扉は開かない。
「もう逃げられませんよ?……小さな頃から、ずっと、貴方が欲しかったんだ。兄が余計なことをしてくれたから、色々と予定が狂っちゃいましたけどね」
後ろから聞こえる楽しそうな声に、オレはブルっと身を震わせた。
何がどうしたんだ。何もわからない。考えても考えても、答えなんか見つからない。ますます頭の中は混乱するばかりだ。
ここから逃げ出そうと、オレは必死にドアを叩いた。お願いだ、誰か気づいてくれ!
大きく腕を振り上げたその瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。
力強くドアを叩いていた手に力が入らなくなり、足元から崩れ落ちる。
……何が、起きたんだ……?
体に力が入らなくなり、へたりと床に座り込んだ。立とうとしても、思うように体は動かない。
気づくと、体がどんどん熱を帯びてきていた。そして、あっという間に身体中が熱くなる。
この感覚は――。
「そろそろ効いてきましたね。形式上は夫夫になったけど、やっぱり心身ともに結ばれたいですよね」
英士は崩れ落ちたオレを支えると、そっと優しく抱き上げた。
体が密着し、英士の体温を感じた途端、オレの体からは一気に大量のフェロモンが放たれた。
「……くっ。悠生さん、そんなに煽らないでくださいよ。ちゃんとベッドまで運びたいんですから」
どこか遠くで聞こえる英士の声は、何かを我慢しているような声だった。
急激に思考回路が奪われ、ここで何をしていたのかもわからない。これから何をすればいいのかもわからない。ただわかるのは『オレのアルファ』が早く欲しいと言うこと。
早く、早く、早く……。
オレは、早くアルファが欲しくて、無意識に目の前の布を掴んだ。そこからまた、好ましい香りが漂う。
そうだ、オレが欲しいのは『コレ』だ。
「待っててくださいね。もうすぐ部屋に着きますから」
オレは心地よい揺れと、好みの香りを感じているうちに、どんどん頭の中がふわふわして気持ちよくなってきた。
心地が良くって、布を掴んだままそっと目を開けてみた。目の前には、イケメンが覗き込んで微笑んでいるのが見える。
「目がとろんとしちゃって、可愛いですね。……さぁ、行きましょうか」
こんなに幸せなのに、なぜオレはこいつから逃げ出そうとしたのだろう。
バカだな……。オレの居場所はここなのに……。
オレは全てを委ね、静かに意識を手放した。
どこか遠くで『やっと手に入れた』という英士の声が聞こえた気がした。
終
※一部修正し、四ページで公開していたものを、まとめて二ページにしました。

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