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 アップルパイになるのが夢だった。  あたたかい家族のティータイムに提供されて笑顔を彩るような、誰かの一生の思い出に残る美味しいアップルパイになりたい。  他のリンゴたちに語るのも恥ずかしいくらいの夢だが私は本気だった。  だがそれが叶わないと知ったのは、私が赤く丸々と育ち、この身に蜜が満ちてきた頃だ。  その日は風が強かった。  不運にも枝先に近い場所で実った私は風の煽りを十二分に受けていた。ぎっしりと実の詰まった私が揺れるたび、枝との繋ぎ目から嫌な音が聞こえた。何かを少しずつ裂くような音が曇天の下で幾度も響く。  不意に、ぷち、と音が聞こえた。  音のしたほうを見ると、隣の枝に実っていたリンゴの姿が無くなっていた。結実から成熟に至るまで、ずっと苦楽を共にしてきた親友だ。  見下ろすと、私よりも一回り大きな彼が地面にぶつかり傷つきながら転がっていくところだった。そしてそのまま草むらから現れたイノシシの大きな口にかぶりつかれた。  惨い光景から目を逸らす間もなく、彼はイノシシのデコボコとした歯で雑に粉砕され喉元を過ぎていった。風の音で咀嚼音が聞こえなかったのがせめてもの救いだった。  次は私かもしれない。  鳴り止まない裂傷音を聞きながら見えないタイムリミットにその実を震わせた。  ついにそのときが来た。  一陣の風が吹き、ぷち、と軽い音がしたかと思うと、私は重力を見つけた。  幸いにもすでに地面に散り積もっていた木の葉がクッションとなり、私には傷ひとつ付かなかった。  木の葉にやわらかく包まれながら先程まで自分のいた枝を見上げていると、風の音とは違う音が聞こえた。  動物が地を踏み鳴らす音だった。私の親友を喰らったイノシシだ。ひとつ鳴るたび、足音は少しずつ大きくなっていく。  そして、止まった。  おそるおそる視線を向けると、イノシシの濡れた鼻先がすぐ目の前にあった。ふたつの穴から生温い風がリズミカルに吹き付ける。飢えた両目には先程飲み込んだ親友の味など、とうになかった。  私は黄みがかった牙の覗く口がいつ開くかと怯えていたが、イノシシは数回鼻を揺らすと、ふいとそっぽを向いて去っていった。 「素晴らしい」  イノシシの背中を不思議に思いながら見送っていると、地面に転がっていた私は黒く細い指に持ち上げられた。  瞳も髪も真っ黒な、夜のように妖しく美しい女性だった。  黒いシルクの手袋をした彼女は顔の高さまで私を持ち上げると、唇の両端を吊り上げた。 「ようやく完成したわ」  片手で私を回転させながら全身を眺めて、彼女は笑みを深くする。  彫刻のように精巧で、絵画のように邪悪な表情だった。 「あなたは完璧な毒リンゴね」

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