プロローグ

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プロローグ

 朝の空港は、人の流れとアナウンスが重なり合い、都会の喧騒とはまた違うざわめきに満ちていた。  旅行慣れしていない彩乃は、大きなスーツケースを引きながら、手にしたチケットとパスポートを何度も見返しては、小さく息を吐く。  (間違ってないよね…?ゲートは…)  普段は事務職で、デスクに向かって淡々と仕事をこなす日々。  こんなふうに非日常の空間に身を置くのは久しぶりで、期待よりも不安のほうが胸を占めていた。  チケットを再度確認しようとした瞬間――手が滑った。  薄い紙の感触がするりと抜けていき、搭乗券が床に落ちる。  「あっ!」  慌ててしゃがみ込む彩乃の視界を、次々と人の足が横切っていく。  紙切れが踏まれそうで、彩乃は慌てて手を伸ばした。  けれど、人の流れに押されてうまく前に出られない。心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなる。  (どうしよう…)  その時だった。  すっと影が差し込み、床に伸びた長い指が、チケットを拾い上げる。  「どうぞ」  低く澄んだ声が耳に届く。  驚いて顔を上げると、そこには一人の男性が立っていた。  背筋を伸ばし、濃紺のジャケットに金の肩章。胸元には銀色の翼を模したバッジが輝き、手には制帽を持っている。制服の一つひとつが凛とした雰囲気をまとい、周囲のざわめきから浮き立って見えた。  (…パイロット?)  声には出さなかったけれど、彩乃は心の中でそう呟いていた。  差し出されたチケットを受け取ると、紙の端に触れた彼の指先がほんの一瞬だけ彩乃の手に触れ、胸がどきりと跳ねた。  「あ、ありがとうございます」  声が少し上ずったのを自分で意識してしまい、恥ずかしさに頬が熱くなる。  彼は小さく頷いただけで、それ以上言葉を交わさず、人混みの中へと去っていった。  彩乃は手にしたチケットをぎゅっと握りしめる。ほんの数秒の出来事だったはずなのに、妙に長く心に残る。  そして、これが二人の物語の始まりになるとは、その時の彩乃はまだ知る由もなかった。

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