チカロウ

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チカロウ

 宙を舞う埃、至る所に生えた苔、鼻を刺激するカビの臭い……。 辺りはいつも真っ暗でほとんど何も見えず、冷える体を擦ってじっとしていることしか出来ない。 いつも()を持ってきてくれる侍女は、ここをチカロウと呼んでいた。  私は生まれた時から、ずっとチカロウに居る。お外のことは何も知らない。 でも、もうすぐここから出られるんだって─────私は“生贄”だから。 「────あ〜ら、今日も今日とてみすぼらしい格好ね?白髪のアンタには、お似合いだわ」  そう言って、チカロウへ続く階段を降りてきたのは────ノワール帝国の第一皇女である、ライラ・シャルル・ノワールだった。 真っ赤なドレスに身を包み、左右についた黒い丸を揺らす彼女は水色で彩られた瞳をスッと細める。 コツコツと足音を鳴らしながら、錆び付いた鉄格子の前に来ると、下ろしたままの後ろ髪を手で払った。 もう一方の手には燭台(しょくだい)が握られており、ぼんやりとした炎でこちらを照らす。 「姉上、そいつにあんまり近づいちゃダメだよ」  第一皇女の後ろからひょこっと顔を出した小柄な少年─────ノクス・メラン・ノワールは真顔でこちらを一瞥する。 第一皇女と同じ黒髪をサラリと揺らし、彼女の隣に並んだ。 第一皇子という肩書きを持つ彼は、真っ青な瞳をこちらに向ける。 「僕らと同じ皇族なのに、白髪赤眼なんて呪われているとしか思えない。関わるだけ、損だよ」  『それに臭いし……』と眉を顰める第一皇子は、懐から取り出したハンカチで鼻を覆う。 言葉や態度で不快感を露わにする彼の横で、第一皇女は小さく肩を竦めた。 「ノクスは心配し過ぎよ!確かに外見は不気味だけど、鉄格子越しじゃ何も出来ないわ!」  『恐れることはない!』と主張し、第一皇女はこちらに燭台を近づけた。 「ほら、見てなさい」  そう言うが早いか彼女はロウソクを掴み、檻の中へ投げ込む。 絶妙なコントロールで飛んでいくソレは、見事私の肩に当たり、服と体を燃やした。 と言っても、直ぐに炎が消えてしまったので大事には至らなかったが……。 焦げた服や肩をぼんやり眺める私は、『いつもより控えめだな』と考える。  ボロボロだけど、服はちゃんと残っているし、動けなくなるほどの怪我もない。 以前なら、気絶するまで痛めつけられていたのに……。 「う〜ん……やっぱり、物足りないわね!ノクス、アンタのロウソクもちょうだい!」  『こいつに投げつけるから!』と言って、第一皇女は第一皇子の燭台へ手を伸ばす。 ────が、素早く背中に隠されてしまった。 「ダメだよ。これがないと、真っ暗で何も見えないじゃないか」 「あら、そんなの壁を伝って歩けば大丈夫よ!大体の位置は分かるんだし!」 「いやいや、階段だってあるのに危ないよ」  ロウソクを渡す・渡さないで揉める第一皇子と第一皇女は、終わりのない押し問答を繰り広げる。 ────と、ここで複数人の足音が私達の鼓膜を揺らした。 「────貴方達、一体何をしているの?」  怪訝そうな声を釣られて顔を上げると、そこには金髪碧眼の女性が居た。 皇妃の証であるティアラを身につける彼女は、大勢の侍女を引き連れてこちらへやって来る。 そして、第一皇女と第一皇子を交互に見やった。 すると、二人はビクッと肩を震わせる。 先程までの騒ぎが嘘のように静かになり、母親であるステラ・ルア・ノワールの顔色を窺う。 「あ、あの……お母様、これは……」 「生贄を痛めつけるのは先日、陛下に禁止された筈よ。聞いてなかったの?」  第一皇女の言葉を遮り、そう問い掛ける皇妃は一切の反論を許さなかった。 私の足元にあるロウソクを見つめ、不機嫌そうに眉を顰めている。 「もうすぐ大公に嫁がせる予定なんだから、あまり傷をつけないでちょうだい。欠陥品を押し付けられたと、文句を言われては困るわ」 「で、でも……傷は全て神官に治してもらう手筈になっているんですよね?なら、一つや二つ傷が増えても問題ないですよ。火傷以上に酷い傷なんて、既にたくさんあるんだし」  『だから、私は悪くない』と主張する第一皇女に、皇妃は厳しい目を向けた。 「それは貴方の決めることじゃないわ。いつから、そんなに偉くなったの?」 「……ご、ごめんなさい」  皇妃の剣幕に気圧されたのか、第一皇女は身を縮める。 すると、隣に立つ第一皇子が一歩前へ出た。 「ぼ、僕からも謝ります。だから、今回のことは見逃してください」  第一皇女を背に庇い、『ごめんなさい』と口にする第一皇子は強く手を握り締める。 若干表情を強ばらせながらも引かない姿勢を見せる彼に、皇妃は深い溜め息を零した。 「もういいわ。行きなさい。私はまだ生贄に用があるから」 「「は、はい!お先に失礼します!」」  ヒラヒラと手を振る皇妃に対し、第一皇女と第一皇子は勢いよく頭を下げた。 ホッとしたような様子で表情を和らげつつ、階段に足を掛ける。 そして、直ぐさまこの場を後にした。 「さてと────これでやっと、当初の目的を果たせるわね」  そう言って一歩前へ出る皇妃は、感情の窺えない瞳でこちらを見下ろす。 「貴方にはこれから三ヶ月、花嫁修業をしてもらうわ。必要最低限の教養は身につけてもらわないと、皇室の品位に関わるから」  淡々とした様子で言葉を紡ぎ、皇妃はスッと目を細めた。 「いい?第二皇女の名に恥ない働きをするのよ。皇族の特徴を一切持っていないとはいえ、陛下の血を引いているのは確実なんだから。今日まで生かしてやった恩を返してちょうだい」  生贄として死ぬ運命を強要し、皇妃はフンッと鼻を鳴らす。 たとえ返事がなくとも、言いたいことを言えてスッキリしたのか、表情は晴れやかだった。 「じゃあ、あとは頼むわよ」 「「はっ。お任せ下さい」」  侍女達に対処を委ねた皇妃は、満足そうに頷いてチカロウから出ていく。 その後ろ姿を見送ると、侍女達は直ぐさま動き出した。 まずは檻の鍵を開け、ゾロゾロと中へ入ってくると、私の身柄を拘束する。 と言っても、二人の侍女に両腕を掴まれているだけだが……。 でも、高さの問題で床に足がつかず、プラ〜ンと垂れ下がる形になった。 「うわっ!想像以上に臭いんだけど!一体、何年お風呂に入ってないのよ!」 「肌もなんか黄ばんでいるし……本当に汚いわね」  私の腕を掴む侍女達は、思わずといった様子で愚痴を零した。 特に金髪の侍女の拒絶感が凄まじく、『おえ……』と吐く真似までしている。 『不潔すぎて無理!』と述べる彼女を前に、茶髪の侍女は苦笑いした。 「正直、ここまで酷いとは思わなかったわ……不幸中の幸いといえば、軽くて小さいことくらい?運搬が楽でいいわ」 「そんなの幸いでも何でもないわよ!こんな骸骨みたいに痩せ細った子供、気味悪くてしょうがないったら!」  『見なさいよ、この棒切れみたいな腕!』と叫びながら、金髪の侍女は先に檻を出る。 続いて、私……最後に茶髪の侍女が出口を通り抜け、鍵は施錠された。 かと思えば、他の侍女達を残して私達は階段を上がっていく。 そして、登った先にある黒い扉を開けると─────チカロウを出た。

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