弁解

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弁解

◇◆◇◆  ────同時刻、ターナー伯爵家の客室にて。 「レイチェル嬢、本当にあの内容で合意して良かったんですか?」  そう言って、怪訝そうに眉を顰めるのは────婚約者であるルイス公子だった。 忙しいだろうにわざわざ時間を作って我が家まで足を運んだ彼は、領地戦の後始末(・・・)について言及する。 恐らく、『対応が甘すぎる』と言いたいのだろう。 まあ、全く以てその通りなのだが……。  メイラー男爵家側に提示した条件や補填は、本当に必要最低限だからね。  まず、領地戦の勝者の特権を活かして要求したのは『もう二度と我々に敵対しない』という確約。 財産の没収や復讐は、一切しなかった。 続いて、降伏したにも拘わらず攻撃を仕掛けてきたアルティナ嬢の処分。 こちらはお金で片をつけた。 契約精霊の一件を通して、罰は充分受けたと判断したため。 最後に、領地戦に参戦したヘクター様への対応。 これについては、ほぼ不問に。 ターナー伯爵家側(私達)婚約者(ルイス公子)の力を借りて戦っていたため、誠心誠意の謝罪と厳重注意で手を打った。  生ぬるいと言わざるを得ない対処の数々を思い浮かべ、私は天井を見上げる。 『ルイス公子が不満に思うのも仕方ないわよね』と思いながら。 一先ず謝罪しようと考え、私は向かい側のソファに腰掛ける彼へ目を向けた。 「勝手に色々決めてしまい、申し訳ありません」  『両親に領地戦の後始末を一任され、浮かれていたようです』と反省し、頭を下げる。 すると、ルイス公子は慌てたように胸の前で手を振った。 「いえ、別に責めている訳ではありませんよ。ただ、恩を仇で返されないか心配なだけで……」  『顔を上げてください』と声を掛けるルイス公子に、私は素直に従う。 そして素早く居住まいを正すと、レンズ越しに見える黄金の瞳を見つめ返した。 「その懸念は尤もですね。でも……いや、だからこそ必要最低限の処罰に留めたのです」 「と言いますと?」  興味深そうに目を細めるルイス公子は、話の先を促してきた。 どこか探るような視線を前に、私はゆっくりと口を開く。 「あの二人は良くも悪くも感情的なので、精神的優位な立場を貫けば下手な真似はしないと思います」 「『自分は恩人』というイメージを徹底的に刷り込み、頭の上がらない存在になることでトラブル回避を狙っていると?」 「はい、その通りです」 「理屈は分かりますが、アルティナ嬢の契約精霊を助けた時点で恩人という立場は既に確立されているのでは?」  『何故、更に恩を売る必要があるのか?』と至極当然の疑問を口にし、ルイス公子はこちらの反応を窺った。 釈然としない様子で顎を撫でる彼に、私は少し迷ってからこう言う。 「では、逆にお尋ねしますが────頭の上がらない存在で居続けるためには、どうすればいいと思いますか?」 「それは返し切れないほどの恩を売ったり、恩返し(挽回)出来るチャンスを奪ったり……あっ」  説明ではなく敢えて質問を投げ掛けたからか、それともルイス公子の理解力が優れていたからか……彼は直ぐに理解した。 僅かに目を見開きながら顎から手を離し、言葉を紡ぐ。 「もしかして、これは────頭の上がらない存在で居続けるための投資……?」 「はい、そうです。アルティナ嬢はさておき、ヘクター様には小利口な一面がありますので……領地戦の後始末を通して適正な処罰を受ければ、『禊は済んだ』と思われるかもしれません」 「なるほど……だから、最後のダメ押しとして更に恩を売り、贖罪の機会も奪ったんですね?上下関係をハッキリさせるために」 「はい」  間髪容れずに頷くと、ルイス公子は暫し黙り込んだ。 かと思えば、おもむろに顔を上げる。 「レイチェル嬢のお考えは分かりました。長い目で見ると、この対応は非常に良いと思います。何も知らずに余計なことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」  『出過ぎた真似をした』と謝罪するルイス公子に、私は小さく首を横に振った。 「いえ、こちらこそ。ルイス公子には、前もって相談しておくべきでした。この勝利は公子にお膳立てしてもらって、掴んだものですから……」 「いえ、そんなことはありませんよ。そもそも────私が力を貸さなくても、レイチェル嬢なら完勝出来たでしょう?」  風の王と契約していることを話題に出し、ルイス公子はカチャリと眼鏡を押し上げる。 『私の出る幕なんて、ありませんでしたね』と述べ、小さく肩を竦めた。 どこか自虐気味に笑う彼の前で、私は少し考え込むような素振りを見せる。 「それはどうでしょう?私はこれまで、風の王と契約している事実をひた隠しにしてきましたから……完勝出来る力があるからと言って、使うとは限りません」  『敢えて敗北していた可能性もある』と指摘し、私は膝の上で手を組んだ。 「実際、あのような出来事がなければずっと隠し続けるつもりでしたし」  悠々自適なニート生活から遠のくリスクを犯してまで、周囲の関心を買う必要はない。 むしろ、邪魔だ。 しがない伯爵令嬢として、壁の花に徹していたいのが私の本音。 ────まあ、もう全部手遅れだが……。 連日届くパーティーの招待状やら面会の申し出やらを思い浮かべ、私は嘆息する。 「そうですか……ところで────未来の夫たる私にも、風の王の契約者である事実は隠し続けるおつもりだったんですか?」  ルイス公子はいつもと同じ声色、いつもと同じ笑顔、いつもと同じ口調で質問を投げ掛けてきた。 傍から見れば単なる雑談の一部始終にしか見えないが……どことなくプレッシャーを感じる。 恐らく、ルイス公子は怒っているのだと思った。 『夫婦間の隠し事は絶対ダメというタイプだったのか』と思案しつつ、私は目を伏せる。 「それは……正直、分かりません。ただ、『遅かれ早かれ、バレていただろうな』とは思います」  『隠し通せる自信はなかった』と明かし、紅茶を口に含んだ。 と同時に、黄金の瞳を見つめ返す。 「以前、ルイス公子は『何故、伯爵領に精霊が溢れ返っているのか調べたい』と仰っていましたよね?」 「はい」 「実はその原因、私なんです」  『まあ、ルイス公子なら既にお気づきでしょうが……』と述べ、私は小さく肩を竦めた。

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