嵐の予兆

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「パメラ、助かったわ。ありがとう」  応接室を出て、ようやく息ができた気がした。  隣でエンデュミオンがそっと扉に手を添え、完全に閉まったことを確認している。その仕草に安心して、私はパメラへ視線を戻した。    「奥様のご指示に従ったまでです」  得意げに胸を張る彼女に、思わず首を傾げてしまう。思い出せずにいると、パメラは笑いをこらえたような声で続けた。 「望まぬ面会が長引いたら“緊急事態を作れ”。そうご指示を賜ったような……“気がいたします”」  教えた覚えはないけれど、経験を積むうちに自分で判断の引き出しを増やすようになった。そうやって成長してくれる姿が、たまらなく誇らしかった。 「そうだったかしら? でも、本当に絶妙なタイミングだったわ」  そう言いながらエンデュミオンを見ると、彼はポケットを探り、小さな丸い箱を取り出した。 「はい、これ。感謝の品だよ。アリアの言うとおり、君の機転がなければ……考えたくもないが、俺たちはまだ奴らの前に座らされたままだ」  パメラは箱の蓋を開けるなり、小さく叫んだ。 「わっ……! こんな高価そうな……い、いただけません!」  赤い宝石のブローチが鈍く光を放っている。慌てて箱を閉じるパメラに、エンデュミオンは穏やかに首を振った。 「いや、受け取ってもらうよ。これはアリアのためでもあるんだ」  そう言うなり「失礼」と囁いて、パメラの襟元にそっとブローチをつけた。 「赤い宝石に見せかけた、記録石でね。錬金術師に作らせた」  パメラの青い瞳が、瞬く間に輝きを増す。私のためと聞けば、彼女はもう突き返したりしない。そういう子だと、私が一番よく知っている。  ほんの少し身体を寄せて、パメラが安心できるように、私も小さく頷いて見せた。 「……奥様の?」 「ああ、そうだ。今日みたいなことは、これからもあるだろうから。君の目から見て、相手が度を越したら……その時には、守ってやってくれ」  エンデュミオンは箱の中から、折り畳まれた布を取り出した。磨き布と見せかけた説明書きだった。 「後でこれを読んで。分からないことがあったら、いつでも連絡するといい」  パメラが説明書きを読み終えるのを見計らって、私は馬を用意するよう頼んだ。せっかくエンデュミオンがいるのだから、今日は遠乗りがてら馬に跨るのも悪くない。  風に当たれば、少しは胸のざわつきも落ち着くだろう。  思い立つと居ても立ってもいられなくなった。すぐに乗馬用のキュロットに着替え、厩舎へと向かった。 「サミュエル!シーザリオの支度をお願い」 「これはこれは……奥様。また珍しい出立ちでございますな」  馬丁頭のサミュエルが、物珍しそうに私の乗馬服を眺めた。 「そうよ。横乗りが苦手だから、仕立て屋が私のために考えてくれたの」  得意げに言うと、黒毛の愛馬——シーザリオの馬装を手伝う。首の辺りを撫でてやると、シーザリオは小さく鼻を鳴らし、私の肩を優しく突いてきた。その仕草がたまらなく愛おしい。 「ほら見て、キュロットならこんなに簡単に跨がれるのよ!」  馬装が整ったシーザリオの左側に立ち、まずは左足を(あぶみ)にかけて見せる。次に右足をひょいと向こう側へ持っていき、ストンと鞍に腰を落ち着けた。 「おぉ……これは、お転婆健在! だな」  気付けば、エンデュミオンはもう馬上だった。真っ直ぐ背を伸ばしながら手綱を持つ姿は、それだけで絵になる。  ふと横を見ると、見送りに立つパメラが思わず見惚れているのが分かった。 「さあ、行きましょうか。目指すは『黒猫書店』よ」  合図を送ると、馬たちは風を切るように駆け出した。 ============================ ⭐︎あとがき⭐︎ いつもお読みいただき、ありがとうございます。 久しぶりに後書きを書かせていただきます。 本日で、このお話も54回の更新を迎えました。 ここまでお付き合いくださった皆さまに、心より御礼申し上げます。 さて、スター特典としてまとめさせていただいた“登場人物紹介”に加筆を行いました。 更新が遅くなり、申し訳ございません。 なお、ネタバレになりそうなメンバーの紹介は、もう少し先となりそうです。 もどかしい思いをさせてしまうかもしれませんが、お時間のある時に、ぜひ覗いてみてください! (本項=初稿2025.11.24)

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