その6

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その6

 やわらかな光が窓から差し込む病室のベッドに、桐山敦人(きりやまのぶひと)は静かに横たわっていた。  ベッドの横に置かれたスツールには、見舞いに来た母親の有希恵(ゆきえ)が座っていた。  三日前、ショッピングモールで事故にあい、敦人は救急車でこの病院へ運び込まれた。  いくつかの検査を受けたが、体のどこにも異常はなく怪我や病気は見つからなかった。医者は、すぐにも意識を取り戻すだろうと言っていたが、敦人はぐっすり眠り続けていて、三日たった今も目を覚ます様子はない。  特大ベッドで、ただただ、気持ちよさそうに眠っていた。 「お母さん、(のぶ)にいの具合はどう? 目を覚ましそう?」  敦人の妹の芽衣子(めいこ)が、大学帰りに病室を覗きに来た。  見舞いといっても敦人は寝ているだけなので、芽衣子は、二つだけプリンを買ってきた。もちろん、プリン好きな敦人が、匂いに気づいて目を覚まさないかなという、淡い期待も込めて持ち込んだものである。 「今日も、起きる気配はないみたい。どこも悪いところはないのに不思議よね?」 「うん。でも、ほかにも不思議なことがあったんでしょう? 何かきっと、人間にはわからない特別な事情があるんだよ。『神様の都合』みたいなこととか――」 「そういうこと――、なのかしらね?」  瓦礫の下から発見されたとき、敦人はジャージ姿だった。直前まで来ていたはずのポポリスくんの着ぐるみを、彼は身につけていなかった。  どこかに脱ぎ捨てた様子もなく、結局、現場から着ぐるみが見つかることはなかった。  誰かが、どさくさに紛れて持ち去ったのだということになったが、イベントに関わっていた守川巡査長は、そんな時間や機会はなかったはずだと言った。 「きっと敦にいは、神様にすっごく楽しい夢でも見せてもらっているんだよ。夢に飽きるまで起きないつもりなんじゃない? 今まで、ろくに休暇も取らずに働いてきたから、ゆっくりするのもいいけどさ――」  そこまで言って、芽衣子は溢れてきた涙を拭った。  そして、同じように涙ぐんでいる母を元気づけるように言った。 「でも、意外と早く目を覚ますかもよ――。あのね、新しい時代劇が、明後日からテレビで始まるらしいのよ。着ぐるみ姿の侍が、悪いヤツらを次々とやっつけていく話なんだって」 「何だか、ずいぶん変わった時代劇ね」 「去年、古いお屋敷の跡地から、金属製の箱に入った江戸時代の日記が見つかったんだって。その日記には、御稲荷さんのお使いの着ぐるみを着た侍が、次々と悪人を懲らしめたって記述が残っていたらしいよ。その記述をヒントにして考えた出されたのが、今回の時代劇なんだってさ。もちろん、勧善懲悪ものだよ!」 「確かに、敦人が興味を持ちそうな話ね」 「そうでしょ? 敦にいって、けっこう時代劇が好きだったじゃない? こら、敦にい! 録画してあげないから、見たかったら早く目を覚ますんだぞ!」  芽衣子が、枕の横をポンポンと優しく叩くと、熟睡しているはずの敦人が微かに微笑んだように見えた。  芽衣子と有希恵は、顔を見合わせて笑いながら、もう一度涙を拭った――。            ☆ ☆ お わ り ☆ ☆

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