人形つかいと操り人形

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 二人だけの稽古場、二人だけの真実。 「僕は……僕は人間だ。人間として、生きてきたんだ」 「それは、間違いじゃないわね」  コハルはヒビキの前にしゃがみ込んだ。目線を合わせる。  その瞳は、木でできているとは思えないほど、生き生きとしていた。 「あなたは自分を人間だと認識するように作られている。そして、私の顔が木彫りの人形の顔に見えるようにプログラムが修正されている。でも、あなたは私が人間であるとわかるようになった」  ヒビキは黙ってその言葉を聞き続けていた。 「ヒビキ、あなたは人形なの。昔と違って、今は感情もAIで生成できるの。だから、あなたの感情はある意味、本物。記憶も本物。あなたの人形劇への愛も、本物。人間か人形かなんて、そんなことは──」 「関係ない、って言いたいのか」  ヒビキの声は、怒りと混乱に満ちていた。 「僕の人生は全部嘘だったってことじゃないか。僕が思っていた自分は、存在しなかったってことじゃないか」 「違う!」  コハルはきっぱりと言った。 「あなたは、ずっと存在していた。この舞台で、人形劇を愛し、コハル(わたし)と過ごした時間は、すべて本物。あなたの笑顔も、悲しみも、すべて本物よ」  ヒビキは言い返そうと思った。  けれども、心のどこかで、そうだったのかという納得もあった。  これまでの違和感の正体。完璧すぎる記憶力。途切れた日常。そして、この稽古場にいるときだけ感じる、圧倒的な充実感。それらがすべて繋がった。 「僕は……これからどうすればいいんだ」  ヒビキの声は震えていた。 「それは、あなたが決めること」  コハルは優しく微笑んだ。  その微笑みは、もう無表情ではなかった。生きた少女の微笑みだった。 「あなたは、人形劇を続けることもできる。真実を知った上で、新しい道を探すこともできる。どちらを選んでも、私はあなたと一緒にいる」 「一緒に?」 「そう。私は、あなたのパートナーとして、ずっとここにいる」  ヒビキはそっと頷いた。まだ混乱している。まだ受け入れられていない。  けれども、一つだけ確かなことがあった。  目の前にいるコハルが、自分にとって大切な存在だということ。  手を伸ばす。震える指先で、コハルの手を取った。  瞬間、温もりが伝わった。  木の冷たさではなく、確かな温もり。人形だった自分が、初めて"生きている人間"と触れ合った感覚。 「ありがとう、コハル」 「どういたしまして、ヒビキ」  ヒビキはコハルの手を引いた。 「もう一度、稽古をしよう」 「今から?」 「ああ。今度は、本当の意味での二人芝居をしよう」  コハルは嬉しそうに微笑んだ。  そして、二人は舞台の中央に立った。  人形遣いと人形。人形と人形遣い。  その境界が溶け、二人の“役者”は、物語を紡ぎ始める。  夜明けまで、二人の稽古は続いた。  舞台に差し込む朝の光が、二人の影を一つにしていた。 < 了 >

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