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本棚に追加 階下のドタンバタンという大きな音で目が覚めた。秋の気配の深い、まだ深夜だ。
私は月的 恵(つきまと めぐみ)、小学三年生だ。私は自室のベッドから出て、愛用のメガネをかけ、パジャマの上にカーディガンをはおると、自宅一階のリビングへと下りる。
リビングでは案の定、お手伝いアンドロイドさんと、目出し帽の怪しい男達が争っていた。
実は、私のお爺ちゃんはマッドサイエンティストのドクター月的(つきまと)、なのだ。通称、ドクター・ルナティックとも呼ばれている。
そのため、その発明品を盗もうと、どっかの国、どっかの企業が、時々忍び込んでくるのだ。
前はお爺ちゃん自らが、発明品を駆使して撃退していたが、最近はすっかり、お手伝いアンドロイドさんに対応を任せている。お爺ちゃんは、起きてもこない。
ワンピースにエプロンをした、お手伝いアンドロイドさんは、見た目二十歳くらいのお姉さんの姿をしているが、反射神経、腕力、脚力は人間のそれを、はるかに上回る。
男達は三人いるが、アンドロイドさんに全然敵わない。今も後ろから殴りかかろうとした男が、無表情のアンドロイドさんの真後ろのパンチでふっ飛ばされる。アンドロイドさんの関節の可動域は人間より、はるかに広いのだ。
アンドロイドさんは呼吸をしないため、無言だ。それに対し、男達はゼイゼイと荒い息をしている。
業を煮やした男達は拳銃を抜き、アンドロイドさんにほぼ同時に発砲する。アンドロイドさんは腕を上げ、三発の銃弾を弾く。正確に計算された跳弾は、男達の腕、肩、太腿、と急所を外して命中する。
アンドロイドさんの身体はプニプニして柔らかいのだが、銃弾を弾く強度を持つ。お爺ちゃんの数ある発明品の一つの、不思議素材だ。
アンドロイドさんに、やられた男達は戦意を無くして、ヨタヨタと逃げて行く。アンドロイドさんも深追いはしない。
「大丈夫?」
私はアンドロイドさんに声をかける。まぁ、家具に傷一つついてないから、対応も余裕だったのだろうことは、分かる。アンドロイドさんは無言で頷く。お爺ちゃんがつけ忘れたらしく、アンドロイドさんは、しゃべる機能が付いてないのだ。
しかも、さっきから『アンドロイドさん』と呼んでいるが、お爺ちゃんったら、「特に不便が無いから」と、名前も付けていないのだ。
「じゃあ、私は寝直すから、明日の朝、いつもの時間に起こしてね」
アンドロイドさんは、無言で頷く。
翌日の夕方、小学校から帰った私は、お手伝いアンドロイドさんと連れ立って、近くの商店街に買い物に行く。お手伝いアンドロイドさんは優れたセンサーと解析能力で、新鮮で質が良く、安い食材を選び、買っていく。普段は無表情のアンドロイドさんは、ついでにスーパーのオバサンや、魚屋のオジサンに愛想笑いを、ふりまく。
オバサン、オジサン達もそれに答える。
「恵ちゃん、アンドロイドちゃん、こんにちは」
「おっ、アンドロイドさん。今日はブリがいいトコ入荷したよ」
買った食材から見るに、今夜の献立はブリ大根らしい。
突然、二十歳くらいの男の人が私達の前に立ち塞がる。すわ、昨夜の男達の仲間か!? と思ったら、いきなり花束を突き出して言う。
「好きです! 僕と付き合って下さい」
私はビックリして、うわずった声で叫んでしまう。
「困ります。私はまだ小学三年生です。歳だって違いすぎます」
私とお手伝いアンドロイドさんは、自宅のリビングのソファに仲良く並んで座っていた。
男の人は、私が叫んだ後、アンドロイドさんに花束を押し付けるように手渡し、走って逃げて行った。
私はため息まじりに言う。
「そりゃ、そうよね。私のワケないわよね」
お手伝いアンドロイドさんは、知らない人が見れば、なかなかの美人さんなのだ。
「裏がとれたぞ〜」
と言いながら、お爺ちゃんがリビングに入って来た。
「名前は上村幸太郎。城南大学の学生で、最近、近所に引っ越して来たそうだ」
アンドロイドさんの描いた、数枚の似顔絵だけで、良く分かるものだ。おそらく、個人情報にハッキングしまくったのだろう。
何故、アンドロイドさんが自宅の電子機器と直接オンライン出来ないのかは、謎だ。お爺ちゃんの事だから、また忘れたのだろう。
「最近引っ越したんだ〜。なるほどね。この街の人達なら、お爺ちゃんがマッドサイエンティストで、アンドロイドさんが、その発明品だって皆知ってるものね」
「裏で怪しい組織とのつながりは無い。単純に勘違いで惚れたんだろう」
「どうしよう。お爺ちゃん」
「どうしようも何も、アンドロイドとバラせば、諦めもつくだろう?」
「ダメよ、お爺ちゃん。トラウマになっちゃうわ」
「かまわんじゃろ」
「何言ってるの。アンドロイドさんだって、トラウマの対象になっちゃうわ」
「かまわん」
「自分の発明品じゃないの。自分の子供も同然でしょ。可哀想よ」
「可哀想? アンドロイドじゃぞ。ワシの子供は、死んだ、お前の父親とその嫁、の二人だけじゃ」
私は、お爺ちゃんみたいな、朴念仁と結婚した、亡きお婆ちゃんの偉大さを実感する。
結局、お爺ちゃんと、私では、アンドロイドさんの正体を告げる、以上の良い案は出なかった。
その日の、夕食はやっぱりブリ大根だった。美味しかった。
翌日の夕方、私が小学校から帰ってから、上村さんを近所の公園に呼び出した。こっちは、私とお手伝いアンドロイドさんの一人と一台。お爺ちゃんは来ない。
「面倒くさい」
からだそうだ。
「こちら、人間じゃ無いんですよ。人間そっくりに作られた、アンドロイドなんです」
私は正直に、ストレートに言う。もう、どうにでもなれ。まったく、何でお爺ちゃんはお手伝いアンドロイドさんに、しゃべる機能をつけ忘れたのだろう。
「お嬢ちゃん、何を言ってるの?」
上村さんは、にわかには信じない。それはそうだろう。
「そちらの……えーと、名前を教えていただけますか? 僕は上村幸太郎と言います」
「名前はありません。アンドロイドですから」
「お嬢ちゃん、僕はそちらの大人のお嬢さんに聞いてるんだよ」
「お返事はできません。アンドロイドだから、しゃべれないんです」
ワンピースにエプロン姿のお手伝いアンドロイドさんは大きく頷く。
上村さんは、困った顔をする。
私も困った。このままでは、話しは平行線だ。
突然、アンドロイドさんが動いた。私の頬を突風が撫でる。アンドロイドさんは、私達をかばう様に仁王立ちになると、空を飛んで来た何かを、ガシッと両手でつかむ。
アンドロイドさんが、つかんだそれは、ロケット弾かミサイルか、とにかくそれに類する爆発物だ。噴射炎が噴き出してるのが見える。アンドロイドさんは、それの信管が作動する前に、爆発物を握り潰す。
明らかに、人間では不可能な動きをするアンドロイドさんを見て、上村さんは呆気にとられる。
アンドロイドさんは、遠くになにかを見つけ、オリンピック選手も脱帽するスピードで走っていった。
しばらくして、アンドロイドさんは、両腕に三人の男達をぶら下げて、公園に帰って来る。やっぱり一昨夜の目出し帽の男達だ。
アンドロイドさんに、おしおきされたのだろう。男達はボロボロで抵抗する気力も無い。
私は言う。
「今日はこれで見逃してあげる。次は無いからね!」
男達は、ほうほうの体で逃げて行った。
まだ、呆気にとられている上村さんの前に行ったアンドロイドさんは、深々とお辞儀をする。カチカチと首元でロックの外れる音がし、アンドロイドさんは自分の頭を両手で持ち上げた。離れた頭と胴体を無数のケーブルやダクトが、つないでいるのが、軽くホラーだ。
上村さんの眼球が見開かれ、目が点になっている。口もあんぐりと開いている。
私は上村さんに言う。
「これで納得しましたか?」
上村さんは激しく首を振って、正気を取り戻す。
「分かりました。すいません、恥ずかしいマネをさせてしまいました」
アンドロイドさんは頭を元に戻すと再度お辞儀をした。
上村さんも深々とお辞儀をすると言った。
「こんな形で失恋するとは、思ってもみませんでした」
上村さんは、まわれ右をすると、公園から立ち去って行った。やはりショックなのか、少々足元が、おぼつかなかった。
「これで一件落着ね。帰りましょ」
私はお手伝いアンドロイドさんに言う。
アンドロイドさんは珍しく微笑を返してくれた。
だが、私の気のせいか、その微笑みは少し寂しげに見えた。
終

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