赦しの海 ――再生の序章
波の音が遠のくたび
胸の奥の痛みが少しずつ静かになっていく。
愛聖は、最後にもう一度だけ
振り返った。
そこには、優梨愛の笑顔があった気がした――
風に溶けて、光に消えていく幻のように。
隼人は車のドアを開け、無言で愛聖の肩を支えた。
二人は互いに何も言わず、ただ同じ空を見上げる。
夜が明けきる瞬間、水平線の彼方から
真新しい太陽が顔を出す。
海面が金色に輝き、まるで優梨愛の魂が光になったかのようだった。
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街に戻ったあとも、日々は淡々と過ぎていった。
けれど、愛聖の心はまだ海の冷たさを覚えていた。
優梨愛がいない現実を受け入れるには、あまりにも静かで、重い時間だった。
隼人は、彼女を責めることも、自分を弁解することもやめた。
代わりに、毎週末になると花を手に、優梨愛の眠る海辺へと通った。
愛聖もまた、ときどき遠くからその姿を見ていた。
二人の距離は、もう戻らない。
けれど、どちらも“終わり”を拒むほど愚かではなかった。
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秋の風が吹く頃。
愛聖は、優梨愛が通っていた教会を訪れた。
祭壇の前に、小さな白い花束を置く。
静寂の中、ステンドグラスの光が頬に落ちた。
ふと――背後から柔らかな声がした。
「……あなたが、愛聖さんですね」
振り返ると、神父の隣に一人の女性が立っていた。
黒髪をまとめ、優しい瞳をしたその人は、どこか優梨愛に似ていた。
「妹から、あなたの話を聞いていました」
「妹……?」
女性は小さく微笑んだ。
「優梨愛の親友だった、七瀬と申します。
あの子がよく言ってたんです。
“お姉ちゃんは、海みたいな人だ”って」
愛聖の目に、再び涙が滲んだ。
「……海みたい?」
「はい。優しいけど、近づきすぎると溺れそうになる。でも、本当はその奥に、誰よりも温かい光があるって」
七瀬は小さな箱を差し出した。
「これ、あの子の部屋に残されていたんです。
渡してほしい人がいるって……あなたの名前がありました」
箱の中には、優梨愛が描いた
スケッチブックがあった。
ページをめくると、そこには三人で笑う絵。
夕暮れの海、肩を寄せ合う姉妹、そして隼人。
震える指先で、愛聖は絵をなぞった。
> ――「大好きな人たち。たとえ離れても、この瞬間は永遠。」
その文字を見た瞬間、胸の奥で何かが静かに解けた。罪も後悔も、すべてが波に還っていくように。
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帰り道、海辺に立つと
潮の香りが懐かしく胸を包んだ。
空は朱に染まり、白い鳥が一羽
夕陽の中を横切る。
「優梨愛……あなたの言葉、ちゃんと届いたよ」
風が頬を撫でた。
まるで妹の指先が触れたように、優しく、あたたかかった。
愛聖は静かに微笑む。
そして、胸に抱いたスケッチブックをそっと空へ掲げた。
「ありがとう。あなたが愛したこの世界で――
私は、もう一度、生きていく」
その瞬間、遠くの海面がきらめき、光が波の形を描いた。
まるで、優梨愛が「おかえり」と微笑んでいるかのように。
――赦しは終わりではなく、始まり。
夜明け前の海が再び静けさを取り戻す頃、
新しい物語が、愛聖の中でゆっくりと動き出していた。
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