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* * * * *
それから、さらに十年が過ぎた。
波瑠斗は四十二歳になり、結婚して、子供もできた。
娘の名前は、ルナ。月を意味する名前だった。
ある夏の夜、波瑠斗は五歳になった娘と、ベランダで星を見ていた。
「パパ、お星さまって、何個あるの?」
「数え切れないくらい、たくさんあるよ」
「すごーい」
ルナは、目を輝かせて空を見上げた。
波瑠斗も、空を見上げた。
しかし、なんだか足元が気になった。
目を下ろすと、自分の影と娘の影が並んで伸びていた。
波瑠斗が足元を見ていることに気づいたルナが、こう言った。
「パパの影、なんか濃いね」
「そうか?」
「うん。ルナの影より、ずっと濃いよ」
波瑠斗は笑った。
「そうかもな」
波瑠斗の影の中で、赤い光が一瞬だけ灯った。
ルナは気づかなかったが、波瑠斗には見えた。
「なあ、ルナ」
「なあに?」
「パパはね、昔、不思議な友達がいたんだ」
「不思議な友達?」
「うん。目には見えない友達」
ルナは首を傾げた。
「妖精さん?」
「まあ、そんな感じかな」
波瑠斗は、娘の頭を撫でた。
「その友達は、パパにいろんなことを教えてくれた」
「どんなこと?」
「自由でいることの大切さ。誰かと共にいることの温かさ」
波瑠斗は、空を見上げて、こう続けた。
「そして、愛すること」
「愛すること?」
「そうだ。大切な人を、守って、想うことだ」
ルナは、よくわからないという顔をしたが、それでも嬉しそうに笑った。
「パパ、ルナのこと、愛してる?」
「もちろん!」
波瑠斗は、ルナを抱き上げた。
「パパはな、ルナとママが大好きなんだよ」
「ルナも大好き!」
二人は笑いながら部屋に戻った。
その波瑠斗の影の中で、ルミノスは静かに微笑んでいた。
『よかったな……』
波瑠斗は、幸せそうである。
それが、ルミノスにとって最大の喜びだった。
あの夏の夜、小さな子供が言った言葉。
「じゆうにしてあげる」
それは、ルミノスを本当の意味で自由にしてくれた。
束縛からの自由ではなく、愛する者のために生きる、という自由。
そして、波瑠斗も同じように自由を手に入れた。
影に縛られることなく、光の中を歩く自由を。
二人の契約は、こうして果たされた。
あの夜から、数十年の時を経て。
波瑠斗の影の中で、ルミノスは眠り続ける。
しかし、それは悲しい終わりではない。
むしろ、新しい始まりだった。
波瑠斗は、寝室のベッドに横になった。
隣では、妻がすでに眠っていた。
波瑠斗は、天井を見つめながら、小さく呟いた。
「ルミノス……」
誰にも聞こえない言葉。
──夢の中で、波瑠斗は子供に戻っていた。
廃校舎の理科室。
そこに、小さな黒い影がいる。
「やあ、ルミノス」
『やあ、波瑠斗』
二人は、笑い合った。
「また、会えたな」
『ああ。また会えた』
「これからも、ずっと一緒だよ」
『ああ。ずっと一緒だ』
夢の中で、二人は手を繋いだ。
今度は、触れることができた。
温かかった。
光と影は一つになった。
< 了 >

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