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本棚に追加はじまり
「3万円。月をご覧になりたければ、お支払ください」
月見拝観会場ではよくある風景になった。むしろ風物詩とも謂えよう。そして、会場の係員に食って掛かる情報弱者な来客も。
「だから、なんで月を観るのにお金払わなきゃいけないのよ」
河川敷設置された会場通過ゲートを通っていく一般客は、その怒号を無視して談笑する。
「今の聞いた? やばかったよねあのおばさん」
「やめてやれよ」
はは、その笑いには嘲りが薫る。
「あの人なんで怒ってるのー」
「しっ。見ちゃ行けません。ああなりたくなかったら、ちゃんと宿題やるのよ」
はーい、と無知な子供の声が後ろへ遠ざかっていく。
会場スタッフに怒鳴っていた女性は、更に顔を赤くしていた。しかし引くことはないだろう。
車椅子を押してきた腕には裂傷が見受けられた。
「あのね、お気持ちは分かります。私も、月を観るのに金払うなんて、その、阿呆かと」
ハア、とスタッフの言葉に女性が怒鳴る一方、車椅子に乗っていた老婆は噴き出した。
「お、おばあちゃん」
途端に女性の声音が震える。
啖呵を切るのは初めてだったのか、彼女はぎこちなかった。もしくは怒鳴る位しないと生きていけない状況に陥っているか、だ。
環境は選べない。
人は環境から容易に抜け出せない。
「ユメコ、もう、いいわ。私のためを思って押してきてくれて、ありがとう」
「せっかくここまで来たんだよ」
ユメコと呼ばれた女性が祖母の顔を覗き込む。その焦り自分の労力と面子もかかっているのだ。
「いいの、いいの。ごめんなさいね」
スタッフはじっとこの喜劇とも悲劇ともつかぬ事件の行く先を見守っていた。
「大変申し上げにくいのですが、お名前を控えても宜しいでしょうか」
ユメコがスタッフを睨むが、祖母がこの場の対応をした。
「蟹江です」
その後名前を述べ、ユメコは渋々舗装されていない道を、祖母を乗せた車椅子を押して帰っていった。
あらかじめ調べておけばこんな苦労せずに済んだろうに。
空を見上げても月は見えない。
今や、月の光は夜の生き物に平等に光照らす時代ではなくなっていた。

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