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タクシー、着かないし
p係長は、給湯室であからさまに愚痴なんか言って、時にはゴミ箱蹴ったりしてたもんね。仕事を把握していないし把握する気もないタイプだったから、指示もぐちゃぐちゃ。
たまりかねて反論したMさんの評価まで下げるよう根回しして、まじで意地汚い男。
そんな陰口がヒソヒソと朝から蔓延るオフィスに、p係長から電話。
今日はタクシーで向かうから、横付けできるよう玄関の備品を片付けておいてくれとのこと。
何言ってんだか、ほとんど自分が積み上げた癖に。
はいはいと生返事して電話を切って、30分経過。
始業時間はとっくに過ぎているのに、と誰かが言った時だった
「あははは!あはははは!」
甲高い声で笑う、女の声。
「え、Mちゃん?なんで?」
私は声の主である同期の姿をを見て、口の中が瞬時に、カサカサと乾いていくのを感じ得ない。
彼女は評価を下げられ、自主退職を促されてから、ずっと出勤していなかった。
昨日、退職代行によって離職票やその他もろもろの書類をp係長が「しぶしぶ」送ったじゃないか。
疑問と怯えに満ちた周囲の視線を浴びながら、Mちゃんはケタケタ笑い、言った。
「あー面白い、あのタクシーに乗ったんだあー!あれに乗ったら、係長、もう出勤できないわよー?」
「な、なんで……?」
恐る恐る問うと、Mちゃんは一際大きな声で答える。
「だあってぇ、あのタクシー手配したの私だもん。後ろでね、運転手が言ってたでしょ?」
「えっ?」
ぐるぐると、Mちゃんに訊かれた途端、電話のやり取りが脳裏で繰り返される。
p係長のぶっきらぼうな声、その背後で、もうひとりが、喋っていた声を。
低くて重たい、多分あれは……運転手の声?
あなた………。
あなたもう………地獄に堕ちていますよ……。
Mちゃんは、くすくすと含み笑いをして「やっと気づいたねえ」と言うと、霞のように消えてしまった。
「ねえ、Mちゃんの家族が!」
ニュースが観たいという社長の意向でつけていたテレビに、彼女の写真と、彼女の自宅らしき住居が中継先の映像として映し出されている。
見出しに書かれている内容に、私たちは乾いた、しかし冷たく凍えた悲鳴をあげた。
過剰労働と恣意的評価により自殺した女性の両親が、会社あてに損害賠償を要求。
直属の上司にあてた遺書には「地獄に堕ちますよ」と走りがき。
社長が、頭を抱えている。
一斉に、電話が鳴り出した。
翌日になっても、翌週になっても、p係長は出勤してこない。
家族は戸惑い、捜索願を出している。
しかし心無い言葉も、同時にぶつけられ、焦燥しているようだった。
見つかるわけがないと私は、駅前でビラを配る、痩せこけて顔色も悪い奥様と、俯いた男の子を無視して、つい、不謹慎で、嫌なことを思った。
だって、もう地獄に堕ちているんだから……ねえ?
そうでしょ、Mちゃん?

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