命の灯火

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命の灯火

 潮の匂いが少しだけ冷たくなり始めた秋の夜。  横浜の海辺には、ゆっくりと夜が降りていた。  観覧車の光が静かに回り、遠くの赤レンガ倉庫には、カップルたちの笑い声が小さく響いていた。  暁梨(あかり)はその光景を見つめながら、胸の奥がひどくざわめくのを感じていた。  隣にいる彼の横顔が、あまりにも 穏やかだったから。  ――暁月(あかつき)。  彼は静かに微笑んでいた。  海の風に髪を揺らし、薄手のコートの襟を軽く押さえながら、どこか遠くを見るような目をしていた。 「ねぇ、暁月」 「うん?」 「……手、冷たくない?」  暁梨がそっと彼の手を包む。  少しだけ、氷のように冷たい。  暁月は小さく笑って、指を絡め返した。 「大丈夫。こうしてると、あったかい」  その声は柔らかくて、まるで風のようだった。  でもその優しさの奥に、かすかな哀しみが混じっているのを、暁梨は感じ取っていた。 --- 「ねぇ……本当は、知ってるの」  暁梨が小さな声で呟く。 「あなたの“灯”が、もう長くはもたないって」  暁月は少しだけ目を伏せ、そして笑った。 「誰から聞いたの?」 「風が教えてくれたの」 「風……?」 「あなたの声が、風に混じってたの。――“ありがとう”って」  暁月の瞳が、そっと揺れる。  その瞳の奥には、淡く青い光が宿っていた。  彼の胸の奥で静かに燃える“命の灯火”  それは、彼が暁梨の命を救うために差し出した、自らの魂の一部だった。 --- 「俺さ、怖くないんだ」  暁月は海を見つめながら言った。 「消えることよりも……残していく君のことの方が、ずっと心配で」 「そんなの……」 「でもね、暁梨。君が生きてくれるなら、それでいい」  暁梨は堪えきれず、彼の胸に顔を埋めた。 「やだ……やだよ。そんなの……私、あなたがいなきゃ、生きてても意味ない」 「意味は、君が見つけていくものだよ」  暁月は彼女の髪を撫でる。  その手は、温かくもあり、どこか透き通るように儚かった。 「俺の灯は、君の中に移した。だから、もう大丈夫」 「……うそ」 「本当さ」  暁月は穏やかに微笑んだ。 「ほら、手を胸に当てて。わかるだろ?」  暁梨が自分の胸に手を当てると、確かに感じた。  心臓の奥で、誰かの鼓動と自分の鼓動が重なっている。 「……これ、あなたの……?」 「うん。俺の灯の、最後のひとしずくだ」 ---  夜風が二人の間を通り抜け 港の灯が遠くで滲む。  空には、大きな赤い月が昇っていた。 「暁月……」 「うん?」 「もし、もう一度生まれ変われたら――」 「その時は、また君を探すよ」 「約束?」 「約束」  そう言って、暁月は小指を差し出した。  暁梨も涙を浮かべながら指を絡める。  ――その瞬間、暁月の体からふわりと青い光が立ち上がった。  彼の笑顔は穏やかで、悲しみよりも優しさが勝っていた。 「ありがとう、暁梨。君に会えてよかった」 「お願い、行かないで……!」 「泣かないで。君が泣くと、灯が揺れる」  暁梨は唇を震わせながら、彼の頬に手を当てた。 「ずっと覚えてる。ずっと……あなたの灯を、私の中で燃やす」 「それで、十分だよ」  暁月はそのまま、彼女の額にそっと唇を寄せた。  青い光が一瞬、夜空を照らし、そして静かに消えた。 ---  翌朝、港の空は澄みきっていた。  潮風がやさしく頬を撫で 陽の光が穏やかに差し込む。  暁梨はベンチに座り、両手で胸を抱きしめるようにしていた。  彼のぬくもりはもうない。  けれど――心の奥で、確かに灯が揺れていた。 「……暁月」  小さく名前を呼ぶ。  風が頬をなで、どこか懐かしい声が聞こえた気がした。  “――笑って、生きて”  暁梨は、涙を拭いて微笑んだ。  その胸の奥で、小さな青い灯が、静かに、永遠に燃えていた。 --- 命の灯火は、愛の形をしていた。

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