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頭の中で、ひょっとしたらプロポーズされるんじゃないかって、数%だけ期待していた私が死んだ。
これがドラマなら「これまでの関係はおしまいにして、これからは夫婦になってほしい」ってどんでん返しがあるけどそれはなかった。わかってたけど。
「好きな人ができたんだ」
私の恋人だった人は、最後まで誠実だった。言わなくてもいいのに、そんなこと。
「……そう、しょうがないね」
小さく言うのが精いっぱいだった。
「本当にごめん」
「いいよ、私も……そんな気がしていたから」
「……そうか」
「これだけ距離が開けばしょうがないかな、って思うし……」
「うん……ごめん」
「謝らなくていいよ」
「うん……」
そうしてしばらく沈黙が続いた。
別れるだろうと思っていたけど、「まだ恋人だから」と思う自分もどこかにいた。それが終止符を打たれた今、もう完全に恋人じゃなくなって、その影響が視界にじわじわと影を落としていく。
どうやったらこの気持ちに整理がつくんだろう。
ばっさり髪を切るとか、海に向かって「バカヤロー」って叫ぶとか、友達に愚痴るとか、失恋した後のそれらしい行動は思いついたけど、それを実行に移す自分が想像できない。
この気持ちを引きずって日曜日を過ごしたくないのに。ましてや週明け、平気な顔をして出社するなんて到底できそうにない。
春田さんに「どうしたんですか、暗い顔して」とかなんとか言われて、また絡まれそうな気がする。
なんて、冷静に考えてる時点で、薄情な女だな、と思った。
これじゃ、愛想もつかされるよね。
彼がまた一口、コーヒーを飲んだ。その表情を盗み見た。
髪型が変わっている。パーマをあてたんだろう。記憶の中の彼はどこかかわいらしいところがあったけど、目元は落ち着いた大人の人になっていた。私も同じように変わって見えているのだろう、きっと。
そこで彼がふと顔を上げた。どこかほっとした顔をしていた。
「こんな時にこんなこと言うのはどうかと思ったけど、俺、野乃花を好きになって、付き合えてよかったと思ってるから」
「え」
意外な展開に私は瞬きした。

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