君とどこまでも

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 朝の支度をしていると、夫の陽平(ようへい)が寝室から出てきた。 「陽平おはよ。今日は早いね」 「うーん」  居間のソファで、ニュースを見ながらメイクしている私の隣に腰かける。それから、遠慮がちに声をかけてきた。 「(あや)ちゃん、ちょっとごめん。おれの頭、触ってみてくれる?」 「頭を?」  寝ている間にぶつけでもしたのだろうか。私は眉ペンシルを置き、夫と向かい合った。陽平は左右の手で、耳の少し上あたりを指す。 「この辺……」 「両方とも? ……。えっ、何これ」  ごわごわの髪の毛をかき分けた先に、硬く盛り上がったものがある。私は思わず腰を浮かせ、陽平の頭をのぞき込んだ。さっき触った部分が、二センチ近く隆起していた。 「こぶ……じゃなくてツノ? 何なのこれ」 「それが、わからなくて」 「いつからなの? 北原(きたはら)先生には言ったの?」 「いやあ、先週は気づかなかったから、まだ言ってないんだけどね」  慌てふためく私の隣で、陽平の口調はのんきだ。私たち夫婦には、そういうところがある。何ごとにも正反対の反応を示すことで、バランスを取ろうとする。 「痛くないの?」 「痛くはない。けど、頭皮がなんとなくかゆいっていうか、引きつるような感じはある。見た目はどう? 目立つ?」 「目立つよ。けっこう出っ張ってるし、そこだけハゲてるし」 「ええー? まじかあ」  ハゲと聞いて、陽平はいまさらショックを受けたらしい。しかし、病院にはまだ行かなくていいと言う。 「どうせ来月も通院するから。そのときに相談するよ」  それでいいのか。と思いつつ、無理にとは言わなかった。どちらかといえば理性的な陽平に、私は判断を任せることが多い。それに時計を見ると、家を出る時間を十分も過ぎていた。いつもの快速に乗ろうと思ったら、走らないと間に合わない。 「じゃあ、もう行くね。何かあったら連絡して」  私はメイク道具を片づけて立ち上がった。バッグを背負い、玄関を出たときにはもう駆け足になっていた。  陽平は、もとは会社の先輩だった。物腰の柔らかい人だな、というのが最初の印象で、それは今日(こんにち)まで変わっていない。朗らかで人当たりが良くて、何か問題が起こっても嫌な顔ひとつ見せず対応にあたる。そんなところが頼もしいと思っていた。  その柔らかさの裏にある繊細な心に、私は気づけていなかったのかもしれない。結婚して二年目の春、陽平は精神的な不調を訴えて会社を休職した。職場トラブルなどはなく、季節の変わり目ということもあって、心が疲れているのだろうと診断された。それから様子を見続けて、一年と七か月になる。

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