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陽平はもう、歩いていなかった。二本の足が先の方にいくにつれて変形し、やや小さめのタイヤを挟んでいる。そのタイヤの回転で、まるで一輪車のように走行していたのだ。
さっきは毛布に隠れて見えなかった。それとも陽平が、隠していたのか。私が駆け寄ると、彼はブレーキ音を立てて止まった。
「それ、いつからなの」
「……三日前くらい」
「三日ぁ?」
思わず声が裏返った。一緒に暮らしていて、三日も気づかずにいたなんて……。自分が責められたと思ったのか、陽平はもごもごと言った。
「黙っていて、ごめん。どうしても言い出せなくて」
「私が、怒ると思ったの?」
「違うよ」
陽平はますますうつむいた。
「体がここまで変わってしまって、もう、彩ちゃんに捨てられるかもと思ったら怖かった」
「……」
私は、目の前で縮こまる男をまじまじと見た。いつもの朗らかさのかけらもない、悄然としたようすで、陽平は言った。
「それに、今にはじまったことじゃないから。働きもせず家にいて、いつか愛想を尽かされるとずっと思ってた。結婚してすぐに体調をくずしたから、君はだまされたように感じてるんじゃないかと思って申し訳なかった」
「……そんな」
「そんなわけないじゃん」と、言いたかった。けれど、彼の疑いを完全に否定しきれるほど、自分がピュアではないこともわかっている。
言葉の代わりに、私は陽平を抱きしめた。彼がそっと抱き返してくる。上着越しにフロントカバーの硬い殻を感じた。その内側に、陽平の柔らかな心が変わらずにあるのだと思った。
「……冷えてきたね。そろそろ帰ろう」
しばらく後、腕を離した陽平は私に背中を向け、腰を落とした。
「乗ってく?」
「え、おんぶってこと? 大丈夫?」
「原付なめんな。一種でも二馬力くらいはあるんだぞ」
冗談めかした口調に、私は躊躇することをやめた。夫婦でバランスを取り合っていると思っていたけれど、ポジティブ側に引っ張ってくれるのはいつも陽平の方だった。私がネガティブになっている限り、彼は弱音を吐けないのだ。
差し出された背中に体を預ける。休職してから少し筋肉の落ちていた背中に、今ではウレタンのような弾力性があった。お腹まわりを両足でしっかり挟みつけると、陽平は私を抱えて立ち上がった。
「じゃあ、行くよ」

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