19.【お見舞い企画】(試作)「緑茶/狡い/寝る」&「紅茶/怠い/起こす」

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19.【お見舞い企画】(試作)「緑茶/狡い/寝る」&「紅茶/怠い/起こす」

 「狡い」という文字を見るたびに、狐やイタチの姿が頭に浮かぶ。  理由は知らない。知らなかった。 「動物が身をかわして素早く逃げる、という意味合いらしいから、そのイメージはまちがっていないんじゃない?」  きみが微笑みながら本のページをめくる。古い漢和辞典だ。この家のどこから見つけ出してきたのだろう。  ページの縁周りが薄茶色に変色している。  僕が長年暮らす家なのに、僕の知らないものをきみは見つけてくる。 「寝る子を起こすのは得意なの」  この家はたくさんの眠りがあちこちに散らばっている、ときみは楽しそうに話す。  古い地形図、方位磁石、製図用コンパス、硬質色鉛筆、地質色見本。  どれも、地理学者の祖父が持っていたはずのものだった。  僕には見つけ出せないものたちだった。  祖父は緑茶が好きな人だった。  僕には違いがわからなかったけれど、「煎茶」、「玉露」、「深蒸し茶」、それぞれを飲む日を決めていた。  「ほうじ茶を飲む日」だけは、僕にもわかった。  祖父の手のひらにおさまる、つるりとした白い茶碗の中に、透きとおるような褐色のお茶が入っていたから。特別に思えたその日がとても好きだった。 「琥珀色と言うの」  きみは歌うように僕に教える。  祖父が使っていた文机に細い片腕をおいて。  きみの手もとには、白い磁器のティーカップがある。中は透きとおるような赤い色の紅茶。  祖父のほうじ茶に少しだけ似ている色。    なつかしい、とつぶやいた僕の頬をきみが指先でなでる。  まだ春の来ない日にふれた白い梅の花びらのように、やわらかくて、かすかに冷たい。 「私はあなたを起こしにきたの」  きみは一度だけ目を伏せる。薄く落ちた影からわずかな哀しみが伝わる。 「怠い、と言ったきり、眠ってしまったあなたを」  僕はぼんやりときみを眺める。  黒い髪は肩に届かない長さでさらりと流れる。瞳は赤混じりの茶色。狐の毛のように美しい。  僕のただひとりの身内だった祖父が先月に亡くなり、僕は祖父の家で眠れない夜を過ごしていたはずなのに。  いつのまに眠ったんだろう。そして何日眠り続けているのだろう。何もかもから目を背けたくて。 「僕をずるいと思う?」  きみが伝えたかったのは、だれの哀しみだろう。 「狐が身をかわして駆けていく姿は、とても綺麗なのにね。文字はときどき、ほんとうの姿とちがうものを伝えてしまう」  きみは微笑んで立ちあがる。指先が離れていく。 「ここはあなたの夢のなかだけど、現実の家にも、あの子たちはちゃんとあるの」  指し示された、古い地形図、方位磁石、製図用コンパス、硬質色鉛筆、地質色見本、漢和辞典。  きみが見つけてきたものたち。 「だから探してね。だいじょうぶ。見つかるから」  きみは笑って片手をあげて、そこで僕の目は覚めた。  畳敷きの部屋に敷いた布団の中で、あお向けに寝ていた。体の節々が痛むが、片肘をついて起き上がる。  天井近くの壁にかけられた時計は八時をさしていた。  祖父の家の庭から、明るい朝日が差し込む。  縁側に出ると、庭に咲く赤い狐花が見えた。薄緑色の長く細い茎と、空に飛び立ちそうにひらく花びら。  祖父は「曼珠沙華」ではなく、「狐花」と呼ぶのを好んだ。    僕が大学生だった秋に、きみの夢を見ていた。  あれから四年経つ。  もうきみは夢に現れない。  代わりのように見つけたのは、祖父が持っていた、十二色の硬質色鉛筆。  狐花は今も毎年、庭に赤く咲く。 ---------- (1368文字,現代ファンタジー) お題:  「緑茶/狡い/寝る」&「紅茶/怠い/起こす」 お見舞いに人外。 試作なので粗いです。2/11以降に修正します。 2026.2.5.  

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