救いたいのです

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救いたいのです

 人にはそれぞれ趣味、嗜好があると思いますが、私どもの趣向は(シカバネ)を喰らうことです。喰らうと言っても死肉ではありません。  魂を抜き取るのです。  未練というややこしい感情に囚われた醜い魂を、救って差し上げるのです。    吃驚されると思いますが、先祖代々に引き継がれてきた習性のようなものなので仕方ありません。(シカバネ)といいましても、どんな死体でもいいわけではなくルールがございます。自ら命を絶った、いわゆる自死をされた方が対象です。  あとで詳しく説明しますが、これは救済なのです。    自死をされる方は色々と試されるようで、試行錯誤の上に覚悟と勇気を持って実行されます。ただ、いざとなると迷える方も多く、この世に未練を残します。それをキレイさっぱりと断ち切るのが私どもの務めでございます。    死霊となって彷徨うのは本人もさぞ無念でしょうから、出来ることなら成仏して頂きたい。ご自分が死んだことに気がつかない方もおられるので、技術的に困難な事象もありますが、そこは前例を踏まえて善処いたします。  轢死、転落死、水死、縊死、薬物死と多種多様にある中で、電車への飛び込みはいけません。悲惨です。ある方はバラバラになった肉片を集められず、右腕が欠損のまま地獄に落ちたのですが、血の池で溺れてしまわれました。苦しそうにもがく姿は見ていられませんでした。  そうそう記憶に残ると言えば○〇子でしょうか。   飛び降り自殺の名所である絶壁で後ろに立つ私に言いました、 「来ないで!止めても無駄よ、もう決めたことだから」  止める気など毛頭なかった私はそのまま傍観していました。  サスペンスドラマなら、ここから長々と犯人の自戒が続くところですが、これはノンフィクションですので余計な演出はありません。崖下に身を投げるだけでいいのです。  ところが主役の彼女が躊躇しているのです。どうやら振られた男に未練があるようです。男は妻帯者で元から遊びだったようで、約束の結婚は果たされませんでした。そんなことで死ぬの?と疑問を呈する方もいると思うのですが、いるんです、些細なことで死を選ぶ方が。  折角ここまで来たのに、とイラついた私は背中を押して差し上げました。さすがに手を下すわけにはいかないので、ある提案をしたのです。 「彼は奥さまと離婚する気はありませんよ。その証拠に今日は第二子の誕生予定日で病院で付き添っていました。先程、可愛い女のお子さんがお生まれになって涙を流して喜んでいらっしゃいました。お疑いになるのでしたら電話したらどうでしょう」    気落ちした彼女はフラフラと崖に近づき、足を滑らすように落ちていきました。生き地獄から解放された瞬間です。  人助けにも色々あって、彼女の救済を考えるにあたって一番良い方法を選択した結果です。死にたいという願望は心に宿すと消えることはありません。無駄な時間を過ごすことなく、早目の決断を下したのです。感謝されることはあっても、非難することだけは辞めて頂きたい。  何度も申し上げますが、これは救済なのです。  死に寄り添い、心穏やかにあの世に行くことが理想なのは言うまでもありません。でも万人がそのような死に際を迎えられるとは限りません。  人間は不浄な生き物です、不条理なしがらみに惑わされ人生を狂わします。  そういうときこそ、迷いが生じることがございます。私どもはその手助けをして差し上げるのです。  大体の場合、人が亡くなると魂が※中陰(ちゅういん)で彷徨いながら、7日ごとに審判を受けることになります。ですが自死は即断で地獄行きが決定されます。※五戒の戒めにおいて不殺生に違反するからです。    自然死が人として確かな(シマ)い方には違いないのですが、君子(クンシ)のように生きて来られた方でも上手くいかないこともございます。    ここに儚い命の灯を絶やそうとしている老人がいます。  病院のベットの上で管に繋がれ、一人静かにその時を待ちます。  彼の最期を見届ける者はおりません。  善行で性格を調え、我が身を犠牲にしてまで他人を立て、終末を迎えた老人の胸に去来するものは何でしょうか。  力を振り絞って抜いた点滴の針から薬剤がポタリポタリと床に落ちます。 「なんのために……」彼のつぶやきを訊いている者はおりません。  涙で枕を濡らせば、彼の未練を断ち切りましょう。  ここにはいわゆる慈悲など存在しません。魂を抜き取る行為そのものが救済なのですから。  例えば自死を覚悟された方は匂いで分かります。ちょっと甘酸っぱい果物を連想させます。でも食べごろではなく熟れすぎて人から見向きもされずに捨てられた果実です。豊潤で崩れて溶けてしまう腐る寸前の芳香を放っています。  ウジ虫が湧き、コバエがうるさく飛び回るソレです。  身体の真髄に由来する、本来は人間の臭覚にはわからない微妙な匂いですが、それに反応するセンサーが私どもには備わっているのです。  この作品に興味を抱いた時点で、あなたも黄泉の世界を覗いてみたいと思ったのではありませんか。  鼻がピクついたので失礼して嗅がせて頂きますね。あれー、そこのアナタ、反応しちゃってるけど大丈夫ですか?  ちょっと、ヤバいなと思ったアナタ、今なら引き返せますよ。  ただし、他の方の魂と引き換えに、が条件ですが……。  彷徨える死にたがりの人を紹介してください。私が救って差し上げます。   完..... 【 参考までに 】 ※中陰(ちゅういん)とは死後、49日の間は7日ごとに審判を受け、極楽浄土へ旅立ちまでの待機場所。 ※五戒(ごかい)とは「不殺生(殺さない)」「不偸盗(盗まない)」「不邪淫(不倫しない)」「不妄語(嘘をつかない)」「不飲酒(お酒を飲まない)」

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