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運命の相手
「――った」
「あ、すみません! 大丈夫ですか?」
あまりにも嬉し過ぎて、つい、要さんを強く抱きしめ過ぎてしまった。
慌てて腕を離し、顔を覗き込むと要さんは少し笑って私をみた。
「あ、大丈夫です。びっくりしただけで……」
「本当にすみません。力加減もわからないなんて……」
「本当に大丈夫です。だから……もう少しだけ抱きしめてもらってもいいですか?」
「えっ……」
思いもよらない要さんの言葉に茫然としている間に、トスッと要さんの身体が私の胸にもたれかかってきた。
要さんが自ら私に寄りかかってくれたことが信じられない。でもそれ以上に嬉しくてたまらない。私は逃げられないようにそっと要さんの身体に腕を回した。
私の胸にすっぽりとおさまる要さんの身体を壊れないように優しく抱いていると、この上ない充足感に包まれる。
昨夜もこうして要さんを包み込んで眠ったが、今の意識がある状態で、しかも要さんの意思で抱きついてくれているのとでは比べようもないくらい幸せだ。
この穏やかな時間が一生続けばいい。
「冬貴さんの鼓動を聞いているとホッとします」
要さんの嬉しい声が聞こえてくる。
きっと昨夜のことは覚えていないのだろう。
「だからでしょうか、昨夜も嬉しそうに私の胸に頭を置いて寝てましたよ」
「えっ……」
私の言葉に驚いて身体を起こすと、目を丸くしていた。
「それ……本当、ですか?」
「ええ。私がベッドに入ったら、要さんの方から近づいてきてくれて、私の胸に頭を置いて幸せそうに眠ったんです。それを見ているだけで私も幸せでしたよ」
私の言葉に一気に顔を赤くする要さんが可愛い。
「あ、あの、ごめんなさい……私、無意識で……」
「いいんですよ、無意識なのが嬉しいんです」
「えっ?」
「だって、本能で私を必要だと、さっきの浅香さんの言葉で言うなら、私を熟睡できる大好きな相手だと認めてくれたということでしょう? 嬉しい以外ないですよ」
「冬貴さん……」
「だから、気にしないでいつでもここで眠ってください。ここは要さん専用ですから……」
「私、専用……」
要さんはポツリと呟くと、嬉しそうに私の胸に視線を向けた。
誘うように手を広げると、もう一度要さんの方から私の胸にもたれかかってきてくれた。
私はさっきよりは少しだけ手を強めて、要さんを胸に抱いた。
「あったかくて、いい匂いがします」
そう言われて、仕事帰りのままだったことを思い出した。
流石に一日着ていたスーツとワイシャツのままなら匂いがするに決まっている。
「すみません、汗臭いですか?」
「いいえ。本当にいい匂いなんです」
私が恥ずかしくなるくらい、要さんが私の胸元をすんすんと嗅いでくれる。
――他人の体臭が良い匂いだと感じたらそれは遺伝子レベルでその人を求めている証拠。運命の相手なんだよ。
いつか、成瀬だったか、安慶名だったか、それとも氷室だったか……そんな話をしていた覚えがある。
それが真実ならば、要さんは私の運命の相手。
やっぱり自分の直感が正しかったのだとわかる。
「私も要さんの匂いが好きですよ」
そっと首筋に顔を埋めると、あまりにもいい匂いに誘われて、ちゅっと唇を当ててしまった。
「ひゃぁっ」
甘い声をあげながらピクッと身体を震わせる。
ああ、もう本当に可愛い。
「すみません、くすぐったかったですか?」
「い、いえ。あの、びっくりして……」
「嫌じゃないならよかったです。もう一度、いいですか?」
「えっ……」
まだ答えも聞かないうちに、もう一度要さんの首筋に顔を埋めるとびっくりして汗でも嗅いたのか、さっきより濃い匂いに包まれる。
「ああ、本当にいい匂いです」
「ふ、冬貴さん……ちょっ――」
要さんの声に少し困惑が感じられる。
最初からやり過ぎたか。
でも本当にいい匂いで離れ難い。
惜しみつつゆっくりと離れると、さっきよりも顔を赤くした要さんに見つめられる。
要さんの何か言いたげな表情にドキドキしつつ、
「あの……」
声をかけた。
「あの、臭くなかったですか?」
「えっ、そんなことを気にしてたんですか? いい匂いでしかないですよ。本当に」
「でも……あの、お風呂に入ってから……その、抱きしめてもらっていいですか?」
「えっ……それって……」
いや、そんなわけない。
要さんがそこまで先を望んでいるなんてないに決まっている。
でも風呂に入りたいというのを拒む理由はどこにもない。
「いえ。じゃあ、すぐにお風呂の準備をしますね。出てきたら抱きしめさせてください」
私の言葉に要さんはホッとしたように笑っていた。
急いで風呂のスイッチを入れ、先ほど選んできた服の中から新しい下着とパジャマを持ってきて、要さんに渡した。
「脱衣所に置いている入浴剤、好きなものを入れていいですからね」
「は、はい。ありがとうございます」
脱衣所に入っていく要さんを見送って、私はスマホを取り出した。

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