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十二月の朝は、畳の冷たさで始まる。
藤乃は布団の中で目を覚まし、しばらく天井を見つめていた。隣で眠る為一の寝息が、静かに聞こえる。その向こう、小さな籠の中で、喜郎もまだ眠っている。
起き上がると、息が白くなった。
***
箱崎の官舎は六畳一間に小さな台所がついただけの、簡素な住まいだった。冬になると隙間風が入り、朝晩は火鉢を焚いても寒い。壁は薄く、隣の部屋の声が聞こえることもある。それでも、雨露を凌げる屋根があり、帰りを待つ人がいる。それだけで、ありがたいことだと藤乃は思う。
静かに布団を抜け出し、台所に立つ。水道の蛇口を捻ると、冷たい水が流れ出る。村では井戸まで汲みに行っていた。ここでは蛇口を捻れば水が出る。三年経っても、その便利さには慣れない。
湯を沸かし、夫のために粥を作る。その間に喜郎が目を覚まし、小さな声で泣き始めた。
「はいはい、お腹が空いたのね」
藤乃は喜郎を抱き上げ、その小さな口に胸を持っていき、含ませる。温かな重みが腕の中にある。この子がいる。それだけで、朝が始まる理由になる。
為一が起き出してきたのは、粥ができあがる頃だった。
「おはよう。寒いな、今朝は」
「おはようございます。お粥、できていますよ」
為一は火鉢の前に座り、手を温める。
今や夫となった為一ととりとめのない話をするのは、どこでも変わらない。村でも、この街でも。
為一が話を始める。
「今日、日本橋まで出るんだ。西園寺さんのところへ、年末の挨拶に」
西園寺材木問屋。為一が深山村の測量をしていた頃、様々な形で助けてくれた商家だ。藤乃も名前だけは知っている。為一は今でも、年に何度か顔を出していた。
「藤乃も一緒に来ないか」
藤乃の手が、一瞬止まった。
「……私も、ですか」
「ああ。たまには外の空気を吸った方がいい。ずっと家にいるのも、息が詰まるだろう」
為一の声は穏やかだった。心配している。それは分かる。
このところ、藤乃はほとんど家を出ていなかった。買い物は近くの市場で済ませ、それ以外は喜郎の世話をしながら、この狭い部屋で過ごしている。
外に出るのが、怖かった。
人混みの中を歩くと、息が苦しくなる。誰も自分を見ていないのに、誰もかもが自分を見ているような気がする。村にいた頃は、そんなことはなかった。
藤乃は喜郎を見下ろした。この子を抱いて、あの人混みの中を歩く。それを思うだけで、胸の奥が重くなる。
でも、一人でこの狭い部屋にいるのも、息苦しい。
「……ご一緒します」
藤乃は、小さく頷いた。
為一が微かに笑った。
「喜郎の初めての日本橋だな」
喜郎。よしろう。喜びの子。
為一がそう名付けた。子供ができないと言われていた藤乃に授かった、奇跡のような子供。
その名前を呼ぶたびに、藤乃は胸が温かくなる。そして同時に、怖くもなる。
こんな幸せが、自分に許されていいのだろうか。藤乃はたまにふと考える。

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